幕末を動かした英外交官が日本人妻へ送った500通のラブレター

熱愛

2014/09/01 07:00

 植物学者でしたが、民俗学も好きだった父は、庚申塔(こうしんとう)の写真を撮りに都内のお寺や地方へよく行きました。大きな蛇腹の写真機で撮影していると、スパイだと思われて告げ口されたのか、警官が来たこともあります。

 そんなこともあったせいか、父は祖父のことを一切話しませんでした。おかげで、私は祖父のことを何も知らなかった。

 はじめて祖父について知ったのは、女子大に入学するときでした。戸籍謄本が必要だというので取り寄せましたら、祖父の欄に「薩道静山」と書いてあった。なんのことかと不思議に思ったら、祖父の雅号でした。

 母は、「アーネスト・サトウといって、明治維新に活躍した人なんだよ」と話してくれました。でも、私は何をした人かも知らなかったので、祖父がイギリス人だったんだ、とだけ思いました。

 祖父が小説や大河ドラマに登場して、一般的に知られるようになったのは、もっとあと。戦後のことです。でも、日本語だけでなく古文書も読めるほどの、日本文化のすぐれた研究者だったことは、今でもあまり知られていません。それが少し残念です。

 祖母と父が住み、私が生まれ育った家は、靖国神社の裏手にありました。祖父が祖母のために用意した家で、昔の旗本屋敷でした。

 冬は寒くて、とても住みづらい。だだっ広い木造の平屋で、天井が高くて、すごく太い梁がありました。和室ばかりでしたけど、なぜか一部屋だけじゅうたんが敷いてあり、椅子と丸いテーブルが置いてありました。祖父が日本にいたとき、その部屋で食事をしたのかもしれない。

 500坪の敷地には、池もありました。父が山からとってきた珍しい木や植物がたくさんあって、昆虫もいましたし、鳥も飛んできました。ほんとうに楽しい庭だったんです。

 でも、40年ほど前、相続税が大変で、泣く泣く手放しました。現在は、建物も池もなくなって、法政大学の図書館が立っています。

 今でも懐かしく思います。あの家が祖父からもらった宝物でした。

(構成 本誌・横山 健)

週刊朝日  2014年9月5日号

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