シンガー・ソングライター、俳優、演出家、声優、作家として活躍する美輪明宏さん。作家の林真理子さんと「週刊朝日」で対談した。

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林:NHK朝ドラの「花子とアン」の美輪さんのナレーションが、いますごい人気ですね。

美輪:依頼をいただいたとき、「なぜ私なの?」とおたずねしたら、「昔の言葉や丁寧語を力まずに日常的に使っている方は、美輪さん以外にいない」と言われまして。それで、お役に立つんでしたらとお引き受けしました。

林:「ごきげんよう」という言葉を、あんなに美しく優雅に言えるのは美輪さんだけですよ。他の方々が言うのとは、どこか違うんですよね。

美輪:一つは鼻濁音だと思うんです。私たちの時代はうるさく言われました。「がぎぐげご」の濁音がいちばん最初に来たときは「がぎぐげご」のままでよくて、2番目以降に来たときは(鼻濁音で)「ンが・ンぎ・ンぐ・ンげ・ンご」になる。そうしないと角ばって野暮に聞こえるんですね。それで「ごきげんよう」じゃなくて、「ごきンげんよう」になったんです。

林:なるほど。

美輪:戦後、爵位のあった方々が平民になられましたが、昭和26、27年ごろ、そういう方々が銀座に遊びにいらして、私、お友達になっていただいたんですね。いま、いちばん上の方は96歳ぐらいですが、皆さんご壮健です。先日のコンサートにもいらしていただきましたが、「ごきンげんよう、さようなら」のあとに、「では、ごめんあそばせ」とおっしゃるんです。

林:まあ、素敵です……。

美輪:私は今年数えで80歳なんですけれど、この年になってそれが役に立つなんて、ほんとに不思議な気がいたします。私は昭和10年生まれですけど、いい時代に生まれ育ったと思います。もっと早く生まれても遅く生まれても、戦前・戦中・戦後の文化を比較することができなかったでしょうから。

林:いろんな文化が体にしみついてないと、ああいう声にはならないと思います。あの「ごきげんよう」には、喜びや悲しみ、いろんなニュアンスがありますね。「まあ、どうしたんでしょう」という語りも、優雅でやさしくて。

美輪:と申しますのは、老若男女、皆それぞれ事情を抱えていて、私にとってはうらやましい人なんかこの世に一人もいないんです。世の中には成功者をねたむ人もいますけれども、どんな美女でも大金持ちでも悩みや苦しみを抱えているものです。生きとし生けるものに対する、愛情や愛しさを基盤としたナレーションでなければと思ったんですね。

週刊朝日  2014年9月5日号より抜粋