物語後半に突入しても高視聴率を保つNHK連続テレビ小説「花子とアン」。中盤に視聴者の中心層である中高年女性の心をつかんだのは“道ならぬ愛”だ。主人公・花子の夫、英治にはもともと妻がいたし、花子の“腹心の友”で伯爵令嬢の蓮子は、夫がいる身でありながら年下の帝大生と駆け落ち。Wヒロインがそろって不倫していたのだ。

 花子の不倫はヒロインゆえに純愛路線で描かれたのに対し、“ドロ沼劇”として盛り上げたのが蓮子の駆け落ちだ。その功労者が、蓮子の夫・嘉納伝助。裸一貫、一代で巨万の富を築き上げた九州の石炭王で、金の力で華族の蓮子を妻にする。品も教養もなく傲慢で横暴な上、妾もいる。いわば「悪役」として登場した伝助だが、物語が進むうち、一目惚れした蓮子を一途に思う純情さ、金でしか愛を表現できない不器用さにキュンキュンする女性視聴者が急増した。

 週刊誌にテレビコラムを連載するライター吉田潮さんは、“伝助萌え”ともいえる現象を、次のように分析する。

「見合いの席で『方言をバカにされたくない』とひと言も口をきかなかったり、蓮子がドン引きするほどの高級宝石をプレゼントしたり。ある意味、チンケな男のプライドなのですが、視聴者の女性にとってはカワイイと映った」

 コラムニストの辛酸なめ子さんも、

「経済的に甲斐性がない男性が増えた現代、お金に糸目をつけない伝助の豪快な愛情表現はむしろかっこいい。個人的には、あの筑豊弁に萌えます」

 蓮子が見下すような態度を取るにつけ、伝助に同情する視聴者が続出。ツイッターには「#蓮子とデン」というタグが立ち上がり、「こんなに愛しているのに伝わらないなんて切なすぎ」「好かれようと必死でカワイイ」といったコメントが続々と投稿された。

 
 蓮子との離婚が成立し、これでお別れか……と多くのファンが名残を惜しんでいた矢先の8月7日、なんと予想外に伝助が再登場した。蓮子は偶然再会した伝助を誘い、屋台で酒を酌み交わす。「蓮子……しゃん。今、幸せか?」とたずね、うなずく蓮子の姿に涙ぐむ伝助。おまけに別れ際、蓮子を抱き寄せおでこにチュー! 放送後、「かっけー!」「伝助の愛に泣いた」とネット上に感動と絶賛の声が飛び交った。

 ちなみにこの“でこチュー”は伝助演じる吉田鋼太郎(よしだこうたろう)さん(55)のアドリブだったという。ファンの間では、このシーンを含む第112回が、伝説になりつつある。

 その魅力に、話題の“あの人”もメロメロだ。朝のNHK地上波放送に続く情報番組「あさイチ」で司会を務める有働由美子アナは、8月11日午後10時からの特番「夜だけど…あさイチ」のゲストで吉田鋼太郎さんが粋な着流し姿で現れると、「きゃー、嘉納さま!」「嘉納ちゃんと結婚したい」と大はしゃぎ。

 魅力的な役柄として描かれているのは確かだが、今回のフィーバー、吉田鋼太郎さん自身の魅力と力量によるところが大きい。

「声やたたずまいに大人の男の色気が漂う。役柄から強面に思われがちだが、よく見ると瞳がつぶらで笑顔がかわいい。このギャップが萌えのツボを押すんです」(吉田潮さん)

 吉田鋼太郎さんは劇団四季やシェイクスピアシアターなどを中心に活動、蜷川幸雄演出の舞台の常連で、海外の古典作品の王様役などを数多く演じてきたベテラン俳優。張りのある声や堂々とした居住まいは、長い年月で培われたキャリアによるものだ。

 テレビドラマでは昨年放送の「七つの会議」(NHK)や「半沢直樹」(TBS系)といった話題の池井戸潤作品に渋いサラリーマン役として登場。先クールの「MOZU」(TBS系)では一転悪役に。薄気味悪い笑顔のまま、暴力をふるい続ける狂気じみた演技に、「超怖いけど目が離せない」と中毒になった視聴者も少なくない。

週刊朝日  2014年8月29日号より抜粋