8月15日に思い出すジャーナリスト田原総一朗の原点 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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8月15日に思い出すジャーナリスト田原総一朗の原点

連載「ギロン堂」

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 だが、学校が始まると理不尽極まりない出来事が起きた。私たちは5年生の1学期までに、この戦争はアジアの国々を独立させるための聖戦で、侵略国の米英を打ち破るために君らも早く大きくなって出征し、天皇陛下のために名誉の戦死をせよ、と繰り返し教えられてきた。

 ところが2学期になると、同じ教師、校長が、実はあの戦争はやってはならない戦争だったと決めつけるように言い、1学期までは英雄だった東条英機など軍の幹部たちが犯罪者呼ばわりをされた。天皇は「どこかにいってしまった」という。教師や校長たちが、やむなくそう言わざるを得ないのだとは、小学校5年生の私にもわかった。しかし、ということは、1学期まで「この戦争が聖戦だ」と言っていたのも、そう言わざるを得なかったのではないか。

 教師たちだけでなくほとんどの新聞記事も、同じ価値転換をあっさりやってのけていた。偉そうな顔をしている大人たちがもっともらしく言うことは基本的に信用できないという思いになった。おそらく私の後輩の戦争を知らない世代は、これほどの理不尽な価値転換に遭遇したことはないだろう。

 といって、私はノイローゼになったわけではない。大人たちの言うことは、何事も疑ってかからないとだめだと、念押しされたかたちになったのだ。もちろん、首相や大臣たちの言うことなども、信用するのが間違っている。

 この体験が、私がジャーナリストを目指す原点となった。あらゆることを疑い、一つひとつ自分の目で見て確かめる。確かめながらさらに疑う。嫌なキャラクターかもしれないが、どうしようもないのである。

週刊朝日  2014年8月29日号


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田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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