“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、日本の中小企業が世界と戦うためには政府が先導し円安を進める必要があるとこう語る。

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 ハワイに行ってきた。弟ユキオの病状が重くて、1月にキャンセルしたプライベートの仕事をこれ以上引き延ばすわけにはいかなかったからだ。ただこの半年間、めちゃくちゃに忙しかったので、ハワイでは仕事のペースは極力スローにし、ボケッとする時間も作り、神経を弛緩させるように努力した。そうしないと長生きできないと思ったからだ。

 ある日の夕方はハワイ島のマウナケア山頂付近にある国立天文台すばる望遠鏡の見学に出かけた。(参議院文教科学委員会に属していたとはいえプライベートですから公費の外遊ではありません。もちろんすべて私費です。あしからず)

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 帰国直後、マウナケア山のすばる望遠鏡のそばに新天文台の建設が正式に決まったというニュースが飛び込んできた。5カ国共同のプロジェクトなのだが、望遠鏡に用いる世界最大の主鏡(口径30メートル)は分割鏡を組み合わせて作る。その製作は日本が担当しているとのことだ。日本の鏡の研磨技術レベルの高さの証明でもあり、科学立国・日本の象徴だ。誇らしくもあり、うれしいニュースでもある。

 しかし、この日、NHKの朝のニュースで流された映像には、宇都宮の分割鏡製造工場で働いている人は数人しか映っていなかった。よく識者から「成熟国家の日本はこのような先進技術で食べていくべきだ」との発言を聞くが、先進技術のみでは1億2千万人を養ってはいけないだろう。やはり、新興国と競合する産業にも頑張ってもらわざるを得ない。

 この点には、同意される識者も多いらしく中小企業への応援歌がしばしば聞こえてくる。日本の昨年の貿易収支が8.8兆円と大きな赤字なのに対し、ドイツは黒字なのだが、7月12日付の日本経済新聞1面に掲載された記事「革新力」では、「(ドイツは)中小企業群が頑張っているから」と分析されている。記事中では、一橋大学の楠木建教授が「(だから日本も)大企業の踏ん張りと同様、競争力のある中小企業がいくつも必要」と述べていた。

 ただ、その環境づくりは政府の仕事だ。円安が不可欠である。一時、隆盛を極めた日本の半導体産業が見るも無残な姿になったのも円高のせいなのだ。

 ドイツの中小企業の最大商圏はヨーロッパだ。ドイツと同じ通貨(ユーロ)を多くの国が使用しているから、自国通貨高による競争力の低下はありえない。多少の値段差は技術力の高さで勝負できる。

 一方、多くの日本の中小企業はドルを中心とする外貨建ての輸出である。円が2倍と強くなれば輸入国にとって日本製品は2倍高い価格となる。技術力の差ではカバーしきれない。

 4月28日の決算委員会で、私は「私が大学を卒業した1974年と比べて、どこかの国の通貨に対して円が弱くなっているか?」と聞いた。財務省の答えでは、IMFの統計が取れる144カ国中、スイス・フランに対してのみだそうだ。日本は、この40年間、恐ろしい勢いで円を切り上げてきたのだ。輸入国にとっては日本製品のものすごい値上げだ。

 これでは世界との競争に勝てるわけがない。自国窮乏化政策だ。政治の無策! その代表例である。

週刊朝日  2014年8月22日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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