例年、梅雨明けの時期から急増する熱中症。冷夏と予想された今年も、7月下旬から全国的に最高気温が35度以上の猛暑日が続き、熱中症による死者や救急搬送者が続出している。重篤な熱中症の、集中治療の現場で導入が進む最新の治療法を紹介する。

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 兵庫県に住む自営業、高山治夫さん(仮名・54歳)は、閉め切った蒸し暑い倉庫内で作業中、頭がボーッとしてきて倒れてしまった。家族に連れられて神戸市立医療センター中央市民病院の救急外来を受診すると体温は39度を超えていた。ぐったりとし足腰に力が入らず意識がもうろうとした状態で、熱中症と診断された。

 高山さんにはただちに、冷却した輸液の点滴と並行して、「アークティック・サン」という治療装置を用いた冷却治療が行われた。

 これは、熱の伝わりやすいジェル素材のパッドを胴体や太ももに貼り付けて、体の表面から全身を冷却する方法だ。パッドの内部を冷却水が循環し、本体の冷却装置で循環水温を自動で制御して、体温を管理するしくみだ。

 治療開始から1時間ほどで高山さんの体温は36度台になり、3時間ほどで脱水症状や気分の悪さも和らいできた。経過観察のために2日間入院した後、しっかりとした足取りで帰宅した。

 現在のところアークティック・サンを用いた治療は、脳が障害を受けた際、脳障害の進行を防ぐために体温を低く保つ「脳低体温療法」に対しては保険が使えるが、熱中症の治療には保険が認められていない。

 だが、数年前から熱中症の治療にアークティック・サンを用いてきた同院救命救急センターの渥美生弘医師は、こう評価する。

「体の表面にジェルパッドをあてるだけなので、患者さんの体に対する負担が軽く、従来の体表冷却法に比べて早く確実に目標体温まで冷却・維持できることが大きな利点です」。一方で「注意すべき点もあります。ほかの体表冷却法と同様、患者さんが冷たさを感じて体が震える『シバリング』を起こすことはあります。シバリングが起きると、筋肉が収縮して熱を産生し、体温上昇につながるので、患者さんの状態を常にしっかりと観察することが必要です」と話す。

 全国の医療機関で昨年夏、熱中症の治療を受けた人は40万人を超えた。

 受診者の治療内容は点滴治療や水分補給、体の冷却などが9割以上を占める。入院した人は1割に満たないが、受診者の0.1%、550人が亡くなった。統計をまとめた昭和大学病院救命救急センター長の三宅康史医師は、こう警告する。

「熱中症で入院しても翌日には後遺症なく退院できるケースがほとんどですが、死亡例の多くは搬送当日、または翌日に亡くなっています。つまり、熱中症は正しい診断と早期治療を行えば速やかに回復する一方、治療が遅れると何をしても助けることのできない病気といえます。だからこそ、熱中症に関する正しい知識と応急処置の方法や予防法をきちんと知っておくことが重要です」

週刊朝日 2014年8月22日号より抜粋