“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、なぜ日本の財政赤字が続くのかについて持論を展開する。

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 先日、眼鏡を予備のものに変えたのに、気がついてくれたのは秘書のアベだけだった。長男ケンタも家内アヤコも気がつかない。「ま~そんなものだよな~」とがっかりしていたら、次男ヒロシが下宿から帰ってきた。

 センスにうるさいヒロシなら気づくだろうと思ったのに気がつかない。それどころか、ヒロシはアヤコの指の骨折の仰々しい包帯にも気がつかなかったのだ。心優しいヒロシだから、今までの経験からして、家に入るなり「え、お母さんどうしたの?」と聞くはずなのに、だ。

 何かおかしい、と思って聞いたら、「あ、最近は包帯があまりにも日常になってしまったんで気がつかなかったよ。ごめん、ごめん」と。ヒロシは研修医を終え、4月から形成外科に入局したのだ。骨折の包帯姿は、仕事場であまりに日常的だったのだ。本来なら、大事件なんだけど。

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 日本は20年以上、膨大な赤字を垂れ流している。そのせいか、それが日常になってしまい、国民も政治家もなんとも思わない。

 私が「財政破綻を避けて今までの歳出をキープしたいなら明日から消費税率は40%だ」と言うと、過激だと非難される。収入の2倍を毎年使っているのに「大丈夫だ」と言うほうが私にはよほど過激思想に思えるのだが。ちなみに財務相の諮問機関である「財政制度等審議会」も「2021年度までに単年度の予算を黒字化するためには、消費税増税のみに頼るのなら消費税率を30%にすることが必要」と言っている。これは極めて楽観的な前提に立っての話である。

 
 ところでドイツは来年にも財政均衡を実現し、赤字国債の発行を46年ぶりに停止する見通しとなったそうだ。日本とは雲泥の差だ。世の中にはこういう国もある。「赤字垂れ流し」がグローバルスタンダードだと思ってはいけないのだ。

 7月3日付の日本経済新聞の記事「ドイツ、来年に財政均衡」では、「ドイツは欧州のなかで経済力で突出するだけでなく、財政でも健全さが際立つ。景気回復も財政再建も遅れがちな南欧との格差が改めて鮮明になる」と解説している。

 考えさせられる記事だ。ドイツの景気が良いのは、ひとえに「ユーロがドイツの実力に比べて弱いから」だと私は思っている。輸出企業などが儲けるので、景気がいいから財政赤字もない。一方、南欧の国々の経済が弱いのは、「ユーロが南欧の実力に比べて強すぎるから」だ。

 日本が20年間も名目GDP(国内総生産)が伸びず、低迷し、世界ダントツの財政赤字をためたのは、日本の実力以上に強い円のせいだ。一方、1980年に1人民元は150円だったのに、現在は16円程度。中国経済が強い理由もよくわかる。自国の実力に比べて通貨が弱いせいだ。

 どうしてこんな自明なことを日本は理解できなかったのだろう? 残念至極。日本には1600兆円を超える個人金融資産のうちの大部分が国内に滞留している。税制改革などで資金が海外に環流する仕組みさえ作れば円安・ドル高となり、日本経済は躍進し、財政出動も必要なくなると、私は思っている。

週刊朝日  2014年8月15日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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