幕末にハリスと交渉した堀田家が握る将軍家の秘密とは (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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幕末にハリスと交渉した堀田家が握る将軍家の秘密とは

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週刊朝日#歴史

 領地も、正盛と春日局の遺領としてもらった1万3千石から、群馬県の安中藩2万石、さらに茨城県の古河藩13万石に移りました。石高が増えていますから、今で言えば“栄転”ですね。

 次の代からしばらくは、藩がかわっても石高は増えない“転勤族”でした。国替えをくりかえし、5代正亮のときに、山形藩から正盛が治めていた佐倉藩に戻りました。それ以降は、ずっと佐倉藩です。

 家に伝わっていたものの多くは戦後の混乱期に失ってしまいました。残っているものは、家光に殉死した正盛の辞世の歌を掛け軸にしたもの、初代・正俊が愛用した桑の小机などですが、いちばん大事なのは「扇の小箱」でしょうか。

「将軍家にさしさわりがあるから開けてはいけない」と言い伝えられてきたものです。初代・正俊に関する文書を封印したもので、代々ずーっと開けないで引き継いできました。ところが、父・正久はどうしても中を見たくなった。

 1956年、父は日本史学者の東大教授、伊東多三郎博士を自宅に招いて扇の小箱を開けました。家光や家綱らの直筆書画や正俊のメモ帳などが出てきました。なかでも伊東博士が「日本史上重要なもの」と指摘したのは、家綱からの手紙でした。死の3日前に正俊あてに書いたもので、この手紙によって綱吉が5代将軍になったというものです。

 父は扇の小箱の古文書を読みこんで、「正俊は自分が将軍にした綱吉の狂的な一面を知ってジレンマに陥っていたようだ」とも言っていました。扇の小箱が封印されていたのは、そこらへんが原因かもしれませんね。

(構成 本誌・横山 健)

週刊朝日  2014年8月15日号


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