忌野清志郎の「兄貴」 “世界最高齢”シンガーソングラッパーとは?

週刊朝日
 若い世代が楽しむ音楽というイメージが強いクラブミュージックだが、高齢になってからラップ音楽にのめり込んだり、DJとして活躍したりする人たちがいる。

「世界最高齢のシンガーソングラッパー」。そんな肩書を持つのは、8月に93歳を迎える坂上弘さんだ。

「俺にとって音楽は命。老人だからという理由で話題にされるのは嬉しいが、せっかくだからうまいって言われるようになりたいね」

 音楽との付き合いは1930年代から。佐賀県の工業高校を卒業後に満州(現・中国東北部)へ渡り、炭鉱会社に就職してブラスバンド部に所属、トランペットを担当した。

「満州国建国10周年の記念式典では高松宮殿下の前で演奏したよ」

 終戦後に日本へ戻り、キャバレーで演奏するジャズバンドのメンバーに。だが80年代以降、カラオケの普及でトランペッターが活躍できる場は激減した。それでも音楽への情熱を捨てず、各地のカラオケ大会などで、ビブラートをきかせた古風な歌い方と伸びのある美声を披露し続けた。

 92年、ある歌唱イベントで優勝した際に審査員から「もっと注目されるためにラップを歌ったらどうか」と勧められた。ラップとは、メロディーよりもリズムを重視し、同じ言葉を繰り返すなどして韻を踏む歌唱法だ。坂上さんはすぐに東京・銀座の楽器店を訪れ、当時大人気だった米国人ラッパーのアルバムを買って初めて聴いた。

「リズムが格好良くて、新しい音楽だと思ったね」

 95年、オリジナル曲「交通地獄」を自主製作し、カセットテープで発表した。バイクを運転中にトラックにぶつけられ、腰の骨を折った男性が、高額の慰謝料を手に入れたもののキャバクラ嬢につぎ込んでしまったという内容。実体験に基づくリアルな描写としゃべり口調のラップが個性的と評価された。

 それをもとにアルバム「交通地獄そして卒業」を2005年に独立系レコード会社から発売すると、ロック界の重鎮、故・忌野清志郎さんが感動し、坂上さんを「兄貴」と呼んで慕った。09年、アルバム「千の風になる前に」でメジャーデビュー。坂上さんは今も変わらず練習熱心だ。

「次のオリンピックまで生きて頑張りたい。それが俺の目標だよ」

週刊朝日  2014年8月8日号より抜粋

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