「一生懸命しゃべってんのに、声が出ないんです」

 7月20日に放送された人気番組「笑点」で、落語家の林家木久扇さん(76)はガサガサとしたかすれ声で挨拶した。大喜利のお題では、終始、隣の三遊亭好楽に耳打ちして代弁してもらい、司会の桂歌丸が、「キクちゃんも助手がつくようになったねえ」と言って会場を和ませた。

 木久扇さんが「初期の喉頭(こうとう)がん」であることを公表したのは、放送翌日の21日だ。7月初めからのどに違和感があり、この番組収録(5日)の後に病院で精密検査を受け、がんが見つかったという。事務所によれば、「視聴者を心配させたくない」という思いから、放送後に発表したそうだ。

 のどのがんといえば、7月10日にミュージシャンの坂本龍一さん(62)が中咽頭(いんとう)がんであることを発表したばかり。モーニング娘。などを育てた音楽プロデューサーのつんく♂さん(45)は3月に初期の喉頭がんであることを公表し、闘病中。大橋巨泉さん(80)も昨年、中咽頭がんであったことを明かしている。

 さかのぼると、3年前に落語家の立川談志、5年前にはロック歌手の忌野清志郎がそれぞれ喉頭がんで亡くなり、17年前には勝新太郎が下咽頭がんで命を落としている。

 のどのがんは、大別して咽頭がんと喉頭がんに分かれる。咽頭は口や鼻から入った空気や食べ物が通過する部分で、ここから食べ物は食道に、空気は気管に送られる。部位ごとにさらに上中下に分けられる。

 喉頭は咽頭から送られる空気を気管に取り入れる場所で、声を出す声帯がある。声帯そのもの、そして声帯の上下にがんができる。

 がんの全罹患(りかん)数のなかで、喉頭がんと咽頭がん(口腔<こうくう>がん含む)は3%以下と少ない。それにしては、のどのがんに苦しむ芸能人は多い印象がある。歌ったり話したりと、のどをよく使うことと関係があるのか?

 国立がん研究センター中央病院・頭頸部腫瘍(しゅよう)科の吉本世一医師は、その関係性を否定する。

「のどのがんの主な要因は声の酷使ではなく、喫煙や飲酒です」

 たしかに、談志師匠も勝新太郎も大の酒好きでヘビースモーカーでもあった。清志郎も若いころから喫煙していたとされる。

「喉頭は空気の通り道なので、よりたばこの影響を受けやすい。咽頭は飲食物の通り道でもあるので、よりアルコールの影響を受けやすい。また、とくに中咽頭がんでは、ウイルス感染も原因のひとつだといわれています」(吉本医師)

 亀田総合病院・頭頸部外科の岸本誠司医師も、のどの酷使との関連を否定する。

「歌手や噺家(はなしか)の方などがこのがんになってはいますが、医学的根拠はありません」

 たとえば歌手が歌いすぎてのどにポリープができることはあるが、それががん化することはないという。

「喉頭がんも咽頭がんも圧倒的に男性に多いのです。もし、のどを使うことと関連があるなら、おしゃべり好き、カラオケ好きな女性がもっとなっても不思議はない。このがんのなかで女性は1割ほどです」

 ただ、こんなエピソードがある。前高知県知事で現在コメンテーターなどで活躍する橋本大二郎さんは、父で元厚生相・文部相の橋本龍伍さんについて言う。

「父は喉頭がんになりましたが、飲酒も喫煙もしなかった。ですが、『政治家はのどを鍛えなければいかん』と、のどを毎日意識的に鍛えていました」

 龍伍さんが亡くなったのは50年も前だが、当時の「習慣」を、橋本さんは今も覚えているという。

「父は毎日、朝食後に、家中に響くような大声で詩を朗読していたんです。その声が、1年くらいたったらだんだんしわがれていき、『あれ?』と家族も気づいて病院に行ったんです」

 がん研有明病院・頭頸科の福島啓文医師にこのエピソードを告げると、

「大声で発声を繰り返し、のどの炎症が慢性的に起きることはあるでしょう」

 と話した。根拠は明確でないが、医学書の中には、声の酷使をがんのリスク因子に挙げるものもある。

週刊朝日  2014年8月8日号より抜粋