一人旅をする勇気がない。気兼ねなく、一人でも参加できるツアー旅行はないだろうか──。そんな気持ちに応えた「おひとり様参加限定ツアー」がシニアを中心に今、ブームになっているという。記者も“一人旅”を初体験し、人気の秘密を探った。

 記者が同行したのは、朝日旅行の1泊2日の旅「業平寺(なりひらでら)の三弦説法と勇壮『鞍馬竹伐(くらまたけき)り会(え)』」。初夏の京都で、六歌仙(ろっかせん)の一人在原業平(ありわらのなりひら)ゆかりの寺や、鞍馬寺などを巡る女性限定の歴史探訪ツアーだ。清水寺や金閣寺など「定番」をあえてはずし、比較的珍しい寺を巡るという歴史好きに人気の旅路だ。

 午前9時すぎ。集合場所には数人の女性がすでに到着していた。添乗員の石山恭子さんによると、今回は60~70代の10人が参加するという。自分の母親より先輩のみなさんと一緒の旅ということで、さらに緊張感が増した。みな、お互い警戒してか、会話はない。私も、人見知りのため会釈をするにとどめた。

 東京から京都へは新幹線で約2時間。記者の席の隣は、取材とのことで特別に同行してくれた旅行会社の方。後ろでは、参加メンバーがそれぞれ隣り合って座っていた。

「助け合っていきましょうね。よろしくお願いします」

「去年一人旅をしたときは若い方が多くて……」

 おそらく、この旅初めての会話が聞こえてきた。

 
 京都に到着すると、駅の改札前では、バスガイドさんが待機していて、観光用の大型バスへと案内してくれた。ぼんやりしていても目的地へ導いてもらえるので、とても楽だ。

 最初の目的地の西山(にしやま)・善峯寺(よしみねでら)へは約1時間。2列シートに1人でゆったり腰かける。団体ツアーでありながら、自分の物思いにふける時間があるのがうれしい。

 善峯寺は、平安時代中期に開山。山の中腹に位置し、敷地は約3万坪と広い。境内にはアジサイが咲き誇っていて、参加した日はお天気にも恵まれ絶好の花見日和だった。寺の入り口に到着するまで、けっこう急な坂を数百メートル上る必要がある。前を歩いていた女性に近寄り、おずおずと話しかけてみた。

「いい天気ですね。今日は、どちらから」

「横浜です」

 一人だけど、話し相手がいるのがうれしい。

「どうして一人参加限定のツアーに申し込まれたんですか?」

「夫が病気をし、看病の日々で疲れがたまっちゃって。地域の自治会長の仕事も忙しいの。ストレスをぱーっと発散させたくて参加しました。一人は楽でいいね」

 いきいきした表情で話してくれた。御年73とおっしゃったが、颯爽と私の前を歩く姿がまぶしかった。

 続いて、業平寺、別名・十輪寺(じゅうりんじ)へ。ここは平安時代初期に創建され、在原業平が隠棲(いんせい)したとされる寺だ。業平寺では、泉浩洋和尚から30分ほどの説法を受けた。途中、我々も和尚に続けて声を出してお経を読んだ。

 
「摩訶般若波羅……」。資料をもらったが、漢字が読めず、続けて言うことができない。「全員の声が小さい!」と怒られる始末だ。

「恥ずかしがって、子どもたちのように素直に言わないと鬼ばばになりますよ」と言われ、一同「わはは」と手をたたいて爆笑。最後はみんなで腹の底から声を出して、すっきりした気持ちになった。この盛り上がりは、ツアーならではだ。

 夕方、嵐山を散策し、本日の締めは嵐山の料亭「錦」での豪華懐石料理。旅の楽しみと言えばご飯! さすが京都、虹鱒へぎ造り、鱧の切り落とし、鮎の塩焼き、筍……。郷土の味覚の数々が、屋台船や灯籠を模した小さな器に飾られていた。おいしいものを食べると気持ちがほぐれ、孫の話や、趣味の俳句や万葉集の話、来週はここへ旅行に行く……など、2時間の食事の間、会話や笑い声が絶えなかった。“一人旅”なのに、さみしくない。今朝、初めて会ったときのしーんとした雰囲気は何だったのか?と思うくらい、すっかり打ち解け、同窓会のような雰囲気が漂っていた。

 ほかのメンバーにも、ツアーに参加した理由を尋ねてみた。

 千葉県に住む65歳の女性は、初めての「一人旅」だという。「すごくドキドキしたけれど、女性だけだし、思い切ってみた。みんなが一人だから、ご飯のときなど周りの目を気にしなくていい」。

 千葉県の70代の女性は一人旅の醍醐味を言う。「夫の三回忌を機に、そろそろ自分の楽しみを見つけようと一人旅を始めて、夢中になった」。

 今では、年5~6回、出かけているといい、第二の人生を楽しんでいた。

(本誌・平井啓子)

週刊朝日  2014年8月1日号より抜粋