東京都在住の主婦、森明子さん(仮名・48歳)は、20歳ごろから、鏡を見ると右目の黒目が外側にずれていることがあった。たまのことで意識すれば戻せるので心配はしていなかった。30歳を過ぎると、人から「どこを見ているの?」と聞かれることがあったが、子育てが忙しくそのままにしていた。
その後、黒目のずれを指摘されることが次第に増え、眼が疲れやすく読書も楽しめなくなった。40歳代後半になると、老眼もはじまり、眼の疲れはさらにひどくなった。鏡を見ると右目は外側を向いたままで、自力で眼を戻しにくくなっていることに気づいた。
眼の疲れと外見の悩みが深くなった森さんは、近所の眼科を受診。検査の結果、「間欠性外斜視」と診断され、帝京大学病院の眼科を紹介された。
斜視とは、ものを見たときに片目は正面を向いていても、もう一方の眼が別の方向に向く状態をいう。
眼球には6本の筋肉がついていて、神経の指令で眼球の向きを上、下、内、外や斜め方向に変えたり、回転させたりしている。神経や筋肉に異常が生じると眼が内側、外側にずれる「内斜視」「外斜視」、上方、下方にずれる「上斜視」「下斜視」が起こる。
間欠性外斜視は、ときどき外斜視になるというもので、大人の斜視の中でも、その割合は多い。子どものころから斜視の症状があると、脳が自然と見える像を矯正しているため視界には異常がない。
そう話すのは、森さんを診た同院眼科准教授の林孝雄医師だ。
若いころは、眼球についている筋肉に眼の位置を調整する力があるので、斜視は目立たず、眼もさほど疲れない。加齢で筋力が低下すると、調整力も弱くなり、眼がずれる頻度が増えてくる。森さんも、「一点を見てください」と言われれば眼を寄せることはできたが、右目の視線はすぐ外側にずれてしまった。
「患者さんの最大の悩みは『見た目』です。もう一つは、無理に眼を寄せるため起こる眼精疲労です。このどちらもある程度手術で解決できます。特に、見た目が気になるなら、迷わず手術をすすめます」(林医師)
手術は基本的には「外直筋後転術」を実施する。眼球の外側についている筋肉を一度切り離し、眼球の後ろにずらして縫い付け直す。眼を外側に引っぱる筋肉の働きをゆるめ、眼をほぼ正面に矯正することができる。ただし、手術前の斜視の角度が大きければ、「内直筋短縮術」をあわせて行う。眼の内側にある筋肉を一部切除して短くし、元の付着部に縫い付け直すことで、眼を内側に寄せられる。
手術方法は眼科医によって異なる。帝京大学病院の特徴は、「なるべく時間をかけずに手術する」ことにある。手術に時間がかかることで生じるデメリットを、林医師はこう説明する。
さらに、手術に時間がかかると、手術部位が空気にさらされる時間が長くなることで、筋肉の周りの組織が癒着して硬くなるという。将来、もしも斜視が再発して、前回手術した筋への追加手術が必要になったとき、癒着した部分をはがす痛みが出て出血しやすくなり、本人の負担が増える。
「追加手術が必要になることは少なからずあるので、癒着を極力避けておくことは大切です。手術時間が短いと患者さんの負担も軽くなります」(同)
斜視手術は健康保険が使える。日帰り手術を実施している施設もあるが、同院では3泊4日の入院が必要だ。術後4年間は定期検診で眼のずれがないかどうか経過観察を続ける。
「間欠性外斜視の手術は80歳でも受けられますから、高齢だからとあきらめることはありません。お近くの斜視外来のある眼科で相談してください」(同)
術後、1年2カ月が経過した森さんは斜視が治り、人と対面したときに感じていた苦痛から解放された。本を読んでも疲れず楽になった、と明るさを取り戻したという。
※週刊朝日 2014年8月1日号より抜粋