プリンセス不在で皇室グラビアは壊滅危機? 皇室カメラマンの苦労 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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プリンセス不在で皇室グラビアは壊滅危機? 皇室カメラマンの苦労

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河崎:流れでお話しすると、美智子さまも皇太子妃時代には、葉山御用邸や軽井沢、奥日光でご静養に入るなど、表に出たくない時期があった。当時は、香淳皇后や高松宮妃など絶対的な存在がご健在で、美智子さまもご苦労なさったようです。どこから構えても、痩せた写真ばかりでした。皇后となってからは、お顔も戻りましたね。

岩井:ところで、河崎さんは、戦争をひとつのテーマに皇室を撮影してきた。昭和50年に当時の皇太子ご夫妻は、海洋博出席のために沖縄を訪問しました。ひめゆりの塔に立ち寄った際に起きた火炎瓶事件に河崎さんは、目の前で遭遇したそうですね。

河崎:そのときは、皇太子ご夫妻が、ひめゆりの塔の壕の前で説明を受けていました。気温が34・5度の猛暑のなか、報道陣もダレて雑談をしていると突然、バーンとなった。火炎瓶がおふたりに投げられたんです。はっと確認すると、持ってきたカメラのフィルムはどれも残り10枚程度。同行した皇室ジャーナリストの松崎敏弥さんのカメラを借りてシャッターを切りました。

瓜生:河崎さんの目の前で、犯人が捕まって。

河崎:周りが「両殿下、ご退避、ご退避」と叫びながら両殿下を車へ連れていく。10秒、20秒の間ですが、妃殿下と私もぶつかるなど現場は混乱しました。

岩井:両陛下は被災地や戦争の惨禍や傷痕が残る地にひたむきに足を運んでおられます。

河崎:人びとと真摯に対話をする姿を実際に見て、我々は感動する。現場のカメラマンが共感して撮影に挑まなければ、「スクープ」は生まれません。

岩井:戦後は、昭和天皇が大元帥から人間天皇へと変わり、宮内庁も皇室への「親しみやすさ」をアピールしようと考えていた。そこに、美智子さまというヒロインが登場して、皇室の雑誌報道という一時代が築かれたが、それも終わりつつあるような気がします。


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