長友:いつごろですか?

永田:92年から94年で、30歳前後ですね。私、寒がりなんで、いちおう有名なスクールにも願書を出して合格通知をもらってから、会社に「やっぱりフロリダに行きます」と暖かいところに行きました。

 帰ってきて1年くらい人事で能力開発の仕事をしていたら、バーガーキングと弊社が合弁会社を作ることになって。バーガーキングの本社はフロリダのマイアミなんです。そしたら「お前フロリダにいたし、人材育成もやってたからアルバイトの教育もできるよな」と。いろんな輪が重なったところに私がいたわけです。それでバーガーキングジャパンに出向して、30歳超えて生まれて初めてファストフードの店舗に立ちました。「いらっしゃいませ、こんにちは」って。

長友:お店にも出ました?

永田:もちろん。アメリカ人相手に英語で教育実習をする、トレーナーの認定試験も受けました。そうこうするうちにまた新たな波がきて、弊社が旭化成の食品事業を買収することになって、「お前、食品をわかってるだろ? 今度は冷凍食品をやれ」と。それで食品事業本部に出向から戻ってきたんです。

長友:食品っていってもファストフードと冷凍食品じゃ違いますよね。

永田:ええ。新規事業とかエポックメーキング的なことに縁があるみたいで。

長友 本当ですね。食品の次は飲料事業部とありますが、もしやここでも新しいミッションがあったとか?

永田:そうですね。最初に言いました「選択と集中」の結果、飲料事業をたばこに次ぐ柱にすると言われて久しいけれど、実際の収益は伸び悩んでいた時期だったんですね。そこで「収益性もきちんとコントロールしてしっかりやれい」ということで、飲料にやってきたわけです。

長友:なかなかの重責ですね。でも「しっかりやれい」と言われても何から手を付けたらいいのか。

永田:最初は飲料事業を率いてきているマネジメントの人たちと面談を繰り返しました。何がうまくいってて、何がうまくいかないのか、という話をずっと。

長友:その結果、切り込むべきところがわかった?

永田:そうですね、飲料のメンバーはJTの社員がほとんどで、いい意味でも悪い意味でも同質化していた。私の場合、一緒に働いてきた人って、食品は旭化成から移ってきた方が多かったし、バーガーキングは買収前に提携関係だった森永ラブの人が多かった。いろんな価値観や感覚を持っている人たちとやりとりしてきたから、そういう部分がすごく目についたわけです。厳しい事業環境にもかかわらず、相手を慮って言いたいこと言ってないよね、と。だから私はそこに地雷をまくことから始めました。

長友:どんな!?

永田:「何でそう思うの?」「なぜその商品を出さないといけないの?」とか。

長友:あ~わかるなぁ(笑)。

永田:商品開発の担当者って一生懸命になると、出すことがすべてになっちゃうんですよ。でも事業というのは企業に利益が出て初めてよかったとなるわけで。それに商品の数が増えると必ず手間がかかるんです。それを今あるリソースの中でやりきれるのか。そこで、主力商品の「ルーツ」にフォーカスすることにしました。それまではいろんなブランドに投資してたんですけど、広告宣伝は完全にルーツだけに絞って。それを4年間やったら結構伸びたんですね。それでまた昨年からローラさんで桃の天然水のCMを再開したんです。

長友:それで最近よく見るんですね。執行役員になられたのは飲料事業部長になったときですか?

永田:そうです。でもバーガーキングから本社に戻って商品統括部長というポストを与えられたときのほうが肩に力が入っていた気がします。2階級特進みたいな抜擢人事だったんですよ。鳴り物入りで入ってきた感じで、最初は私も部下も探り合いでした(笑)。

週刊朝日  2014年7月4日号より抜粋