上智大学教授の中野晃一さん(44)は、集団的自衛権の行使容認によって中国への包囲網を強固にする安倍首相の主張はむちゃな話だと理由をこう話す。

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 安倍首相は、1990年代後半、政治家として頭角を現してきたころから一貫して「歴史修正主義者」です。河野談話や村山談話の見直し、教科書検定の強化や慰安婦をめぐる発言、靖国神社への首相参拝など、第2次世界大戦とその後の戦後体制の評価を大きく転換しようとしてきました。

 そんな安倍首相が掲げた集団的自衛権の行使容認。裏には、中国を抑止力で包囲し、封じ込めようという意図があります。ASEAN(東南アジア諸国連合)各国を歴訪しているのも、そのための連携を取ろうとしているのです。

 しかし、それはむちゃな話です。中国はいま世界2位の経済大国。中国と好んでことを構えたい国など米国を含めてありません。

 そもそも集団的自衛権を中国の脅威との関係で語る点が間違いです。尖閣諸島が攻撃されたら、それは日本の個別的自衛権の範疇(はんちゅう)です。それなのに日本が攻撃されていないときに米国を守りに参戦する集団的自衛権の必要性を説いている。論理が飛躍しています。

 米国がイラク戦争や対テロ戦争を経て、日本に対して集団的自衛権の行使を求め続けているという事実はあります。けれどかつてほどの緊急性はありませんし、行使容認のご褒美に、米国が中国を捨てて日本を全面的に支持するようなことはありえません。

 矛盾もあります。自分たちの憲法を作ろうと言いつつ、米国に置き去りにされるから集団的自衛権を、と言うのですから……。ますます米国の言いなりの忠犬になって、三べんまわって「ワン」と言う国になろうとしているのでしょうか。

「お父さんやお母さんやおじいさんやおばあさん、子どもたちかもしれない。彼らが乗っている米国の船を今、私たちは守ることができない――」

 首相会見の内容は、非常に情緒的でした。さらに15の想定事例はすべて、非現実的なフィクションです。米国向けの弾道ミサイルを撃ち落とし、米艦を守る。技術的な理由などでありえないフィクションをベースに、専守防衛が限界である憲法解釈を無視し、まるで集団的自衛権が行使できればバラ色の平和が訪れるかのように語っていました。諸外国でこんな演説をするトップは認められません。

 安倍外交の方向性もわかりません。中国の拡張主義への警戒を怠らないにしても、自らの歴史修正主義で緊張緩和のための対話を不可能にしています。ひたすら中国包囲網を形成しようとするのは現実的ではありません。北朝鮮の拉致問題解決の見通しは不明ですが、日本が単独行動をとれば、核・ミサイル問題への国際共同歩調を乱すようなことになるかもしれません。

 首をかしげるような歴史認識と集団的自衛権。いったい日本をどこへ連れていこうとしているのでしょうか。反知性主義的な情念に任せた安倍首相の独りよがりなアプローチであり、非常に危険です。

週刊朝日  2014年6月20日号