「映画で一番難しいのは、お客さんに劇場まで来てもらうことです。世の中に発表されても、劇場に人が来てくれなくて何の価値もないように扱われた映画はたくさんある。だから今は、あらん限りの情熱を宣伝に込めているわけ。自分の企画だし、自信作だから。宣伝活動をしながら、自分自身を叱咤激励しているのかもしれないけどね」
黒澤明監督作品の撮影助手を務め、映画キャメラマンとしても「八甲田山」(77年)、「火宅の人」(86年)、「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)などの代表作を持つ木村大作さんが、09年の「劔岳 点の記」に続き、5年ぶりにメガホンをとった。「春を背負って」は、立山連峰の大汝山(おおなんじやま)を舞台にした“山に生きる家族の物語”だ。
その映像には、雄大な自然と呼応するように、豊かに変化していく人間の感情が余すところなく収められているが、標高3千メートルの場所にある山小屋での撮影は、さぞかし過酷だったことだろう。
「僕は裏表もないし、調子いいことも言わない。それは、映画に対しても同じ。『春を背負って』は全部本物ですよ。本物だから自信があるんだね。僕が作りたいのは、他の人が手を出せないような映画。それはつまり過酷なものなんだね。だって人生なんてのは徒労の連続だろう?」
ルールを破ることも、敵を作るのも恐れない。「今まで言いたいことばっかり言ってきたから、映画界の95%は敵!」と自嘲気味に話す監督だが、「でも、5%の味方がいれば十分。それで、こうやって映画一本できちゃうんだから」。
監督がずっと強気で、攻めながら生きてこられたのには理由がある。「ピント合わせ」に関しては、誰にも負けないという自負があったのだ。「撮影助手のとき、それだけは隠れてものすごく訓練しました。あれがなければ今の僕はないね。目測ができたから、ほぼ感覚でピントを合わせていたんです。僕は、理屈で生きた覚えがない。全部勘だね。勘が利かなかったのは女だけですよ(笑)」
強面だと思われがちな監督だが、「春を背負って」を観た人たちの感想は意外なものが多かったという。
「“爽やか”“優しい”“あったかい”なんてのが多くて。もともと人間には二面性があるものだけど、どうも今回は、僕の優しいほうの面が出ちゃったみたいだね(笑)」
「劔岳 点の記」の初日のときも、満員のお客さんを見て、監督は黙って涙を流したという。
「あのときは、泣いたね。いつも、バーッと話す僕が、何も言えなくて。浅野(忠信)さんと香川(照之)さんがビックリしてた。でも、次の舞台挨拶ではしゃべり倒して。結局、人間の感情なんて、0.002秒ぐらいで変わるものなんだよ(笑)」
「春を背負って」の舞台挨拶では、満員の客席を見て、監督は何を思うのだろうか。
※週刊朝日 2014年6月13日号