早大に通うN君(24)は、中学時代からの熱心なハルキスト。早稲田も村上春樹の母校だから受験し、首尾よく合格した。晴れて東京暮らしとなり、春樹作品の登場人物になりきることに決めたという。下宿選びも『村上朝日堂』のエピソードに倣って不動産屋で、

「いちばん安い部屋を出してください」

 と、大学そばの安下宿に落ち着いた。4畳半、家賃2万5千円である。『ノルウェイの森』に登場した新宿のピンク映画館でバイトし、『海辺のカフカ』に倣ってジョギングを始めた。
古本屋でアメリカ文学をあさり、ファッションはなんとなくレトロな感じの麻素材のシャツをセレクト。

「次はコルトレーンのレコードでも集めてみようか」

 と、思っていたN君だったが、そんな生活は半年ほどであっさり崩れていく。

 N君のアパートは、大学キャンパスのすぐ裏。惰眠をむさぼるうちに、だんだん授業から足が遠のく。それでも最初は寝間着のままで授業に出ていたのだが、やがて日々の銭湯通いも億劫になり、体がなんだか臭いといわれて授業に出られなくなった。

 バイト先のピンク映画館もつぶれ、経費節減のため、実家から送られた芋ばかりを食べる毎日で、どんどん痩せてきた。ズルズルと単位を落とし続け、この春から5年生。当然、『ノルウェイの森』の直子にも緑にも会えず、『女のいない男たち』一直線である。

週刊朝日  2014年6月13日号