本誌記者・山本朋史(62)が筑波大学附属病院での認知力アップデイケアの実体験を連載企画でルポしている。今回取材したのは、スポーツの授業。ただ足を上げただけで、担当者には軽度認知症かグレーゾーンにかかっていると見抜かれてしまった。

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 3月3日は、本山輝幸先生のスポーツの授業もあった。柔軟体操をしていると、筋肉もりもりの本山先生が入ってきた。本山先生は、新顔のぼくに近づいてきた。

「初めてですね。まず、いすに軽く腰掛けて、右足を水平より高く上げてください。はい10秒間」

 ぼくはわけがわからないまま、ただ、言われる通りに足を上げた。

「1、2、……10。はい、足を下ろしてください。右足はいま痛いですか」

 最初は、痛いという意識はまったくなかった。

「ほとんどといっていいほど、痛くありません」

 ぼくの言葉を聞いて、本山先生の顔つきが変わった。

「痛くないということは、感覚神経が脳に繋(つな)がっていないということを意味します。あなたはMCI(軽度認知症)になっているのかもしれません。でも、心配されることはありません。筋肉に刺激を与えてトレーニングすれば、3カ月ぐらいで感覚神経が脳に繋がります。後は治りは早いはず」

 またもや、大きな衝撃を受けた。痛みの程度だけで、ぼくがまだ62歳なのに、すぐに軽度認知症かグレーゾーンにかかっていると見抜かれてしまった。

 筋トレ授業が始まった。無理をしないように、いすを使って、本山先生は下半身の運動をひとつひとつ始めた。参加した30人は真剣だ。筋肉の負荷は自分自身で加える。補助いすのほかに器具は使わない。したがって安全である。鍛える部分に自分の神経を集中させることがコツだ。動きはゆっくりと。一つの運動は1分かけて行う。1セット25分ほど。10分もすると汗が噴き出してくる。

 本山先生は、ときどき胸をピクピク動かす。左右同時とか右だけとか。感覚神経が脳に繋がっているから簡単にできるという説明だった。背中の筋肉も動かすことができる。

 本山式筋力トレーニングは本当にきつかった。鍛えるところに感覚が集中されていないと、本山先生がすぐに近づいてきて、

「もっと足を上げて。神経を集中させてください」

 ぼくは学生時代、本山先生と同じように2年間、ウエートトレーニングをやっていた。ベンチプレスは自分の体重の倍以上の120キロを挙げていた。そのころは胸筋が発達していた。

 その筋肉も落ちて、現在は体の線は緩み崩れて、みる影もない。そのことを本山先生に話すと、

「昔やっていたのなら、すぐに感覚神経が脳に繋がりますよ。3カ月もかからないでしょう。私は『筋力トレーニングが高齢者の認知機能に与える影響』という論文も発表しています。今度、送りましょう」

 と言ってくれた。名刺を交換して、ぼくは言った。

「体験ルポをしているのですが、730病棟だと参加者の肖像権の問題で写真撮影ができません。どこか別の場所で筋トレの様子を撮影できないでしょうか」

 そうお願いすると、「時間と場所を調整できれば、どこにでも行きます。私の筋トレを広めてくださるのは、こちらにとってもいいことですから」

 本山先生は快諾してくれた。

週刊朝日  2014年6月13日号より抜粋