乳がんの麻木久仁子 支えた医師の言葉とは (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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乳がんの麻木久仁子 支えた医師の言葉とは

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週刊朝日#がん
麻木久仁子(あさぎ・くにこ)さん1962年、東京都生まれ。90年代からクイズ番組の解答者、司会者、コメンテーター、女優など、博識を生かして多方面で活躍中(撮影/写真部・工藤隆太郎)

麻木久仁子(あさぎ・くにこ)さん
1962年、東京都生まれ。90年代からクイズ番組の解答者、司会者、コメンテーター、女優など、博識を生かして多方面で活躍中(撮影/写真部・工藤隆太郎)

 病気になったら誰しも、腕利きの医師に治療してもらいたいもの。だが不安や悩みを抱える患者にとっては、治療の技術だけでなく、医師の「言葉」が救いになることもある。乳がんを経験した麻木久仁子さんに話を聞いた。

* *  *
 2012年の夏に、人間ドックでマンモグラフィーと超音波検査を受けました。たまたまそこ(平松レディースクリニック)が3年前にテレビの医療番組で人間ドックを受けたクリニックだったんです。それで平松秀子先生(院長)が3年前の検査画像と見比べて「たいへん気になる」と。画像を見せてもらって説明を受けても、素人目にはわからないくらいだったので、この時点で診断のプロに診てもらえたのは幸運でした。

 すぐに平松先生が診察室から連絡してくれて、国立がん研究センター中央病院乳腺外科の木下貴之先生の診察を受けることになりました。ところが、かなり早期の乳がんだったので、検査をしても診断がつかず、がんなのか、がんじゃないのかわからない中途半端な時期が続きました。

 そんなある日、木下先生が「長い付き合いをしましょうね」と仰ったんですね。乳がんの治療は手術した後も、放射線治療やホルモン治療が続くから長い付き合いになるという話だったのですが、その言葉を聞いたときに「ああ、私、大丈夫なんだ」と。この言葉ですごく安心して、先生の言うとおりに治療しようと思えました。

 結局、針で組織をとる検査をしても、がんかどうかわからずに、手術で直接組織をとる検査をやって、乳がんだとわかりました。ところが、左は生検でがんを取りきれたものの、右は再手術が必要でした。


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