東尾修 仲良しごっこの交流戦ならいらない

連載「ときどきビーンボール」

週刊朝日#東尾修
 2005年から始まったプロ野球セ・パ交流戦。現役時代「セには絶対に負けられない」思いで登板してきた西武元監督の東尾修氏は、「選手たちの緊迫感が薄らいでいる」と苦言を呈する。

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 野球界では交流戦がスタートした。普段対戦のない球団同士の戦いは違う楽しみがあるよね。だけど、選手を見ているとちょっと気になることがあるね。

 交流戦の開幕となった5月20日。西武―巨人戦(西武ドーム)でラジオの解説を務めた。球場に行くと少し違和感があったな。

 試合前の練習で、西武からFA移籍した巨人の片岡治大選手が、古巣の西武の選手と長い時間談笑していた。それも1人や2人じゃない。9年間お世話になった古巣とはいえ、今は敵だよ。簡単に相手ベンチ前に行って、笑顔で話をしているのは、おかしいと思う部分がある。

 あいさつがダメと言っているわけじゃない。礼儀はどこの世界にとっても重要なことだ。ただ、必要以上の会話はいらないよ。これから真剣勝負を繰り広げる相手なわけだろ。これじゃ、敵意むき出しになれないよ。よく球団が◯◯ダービーとか、決戦ムードをあおっているけど、肝心の選手に仲間意識が強かったら意味がない。ファンにだって見透かされてしまうよな。

 今年3月下旬に行われたセ・リーグのファンミーティングで、DeNAの中畑清監督が「試合前の両球団間の私語をやめよう」と提唱したと聞いた。両リーグのアグリーメント等で規定されている事項とはいえ、より徹底しようという心意気はうれしいよね。それが、交流戦になって、普段対戦のないリーグだからいいというのはおかしいよ。

 私が現役時代は、絶対にセ・リーグには負けられないと思っていた。オールスターだってそう。人気が高かったセに、ホームラン競争だって出場する野手は負けられなかった。

 84年のオールスター戦(甲子園)で、1点リードの9回裏に私が登板した。一塁走者に高木豊。打者は本拠地・阪神の掛布雅之。ファンは逆転弾への期待が大きかっただろう。だけど一塁走者の高木の動きがうるさくて、私が牽制(けんせい)で刺して試合終了となった。

 打者と真っ向勝負してねじ伏せることが前提だけど、試合に負けるわけにいかない。同じリーグの投手にも負けたくないというプライドもあった。今じゃ、そんな形で試合を終えるなんて、あり得ないよな。

 今は携帯電話やメールなどで、すぐに選手どうし連絡がつくし、試合後に双方の球団の選手が食事に出かけることだってある。ただ、それをファンにさらす必要はない。誰それとご飯に行ったとか、ブログに書く選手もいる。グラウンドを離れたら別というかもしれないが、投手がもし胸元をえぐり、打者がにらみ返しても、ファンが「2人は仲良し」だと知っていたら、ただの茶番に見えるだろ。

 今でも、昔ながらの心意気を持っている選手がいる。それは大リーグに行ったイチロー(ヤンキース)と松坂大輔(メッツ)だ。2人はオフになれば一緒に食事をするが、シーズン中は、ほとんど行かない。それどころか、大輔がレッドソックス時代、登板する3連戦で対戦したときは、球場で1メートルの距離で練習していても目すら合わせないんだよ。そんなガチンコ勝負は日本では減ったな。

 交流戦はリーグの交流であって、選手の交流ではない。技術向上への情報交換など、いい面はあるよ。ただ、野球は勝つか負けるかだ。緊迫感が薄らぐような交流なんていらないよ。

週刊朝日  2014年6月6日号

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東尾修

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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