青息吐息状態の中小零細企業。原材料高や人件費の高騰など逆風が吹く中、追い打ちをかけているのが消費増税だ。

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 下町の面影を残す東京都墨田区の東向島。駅近くの商店街には、昔ながらのラーメン屋や総菜屋などが並び、大衆食堂からは、揚げ物のいい匂いが漂ってくる。昼間から一杯ひっかけているおじさんもいた。都心から遠くないのに、どこか懐かしい雰囲気だ。

 商店街から路地裏に入った。すると、家族経営の小さな町工場から油や革のにおいがしてきた。

 武田正次さん(仮名・73)は、鋳造業を営んで約40年になる。

「以前から景気は悪いけど、今がいちばん悪い。仕事がある日が珍しいんだよ」

 自宅のすぐ横につくられた約3畳ほどの作業場には、熱で溶けた銀色の合金が大きな鍋に入っている。武田さんは、やけどをしないように軍手をして合金を型に流し込む作業をしていた。

 20年ほど前は寝る間も惜しんで働き続けた。だが、中国から安い製品が輸入されるようになって、仕事の量は約3分の1に落ち込んだという。

「いま作っているのは宝石箱だよ。1個作ってだいたい100円の工賃をもらえる。80個頼まれているから、全部作っても8千円だな。昔は何万個単位で仕事を受けていたけど、最近ではこれが精いっぱい。今月はまだ3件しかない」

 円安で材料費が高騰する一方で、取引先から支払われる工賃は下がり続けているという。
 棚には、昔使っていたという錆びついたおもちゃの型が何百個も積み上げられていた。部屋の片隅に置かれた車のおもちゃを持ち上げてこうつぶやいた。

「今は埃をかぶっているけど、昔は何万個と作っていたんだよ。飛行機や戦車のおもちゃとかも作っていて、近所の子どもはすごく喜んで遊んでいた。まだ続けていきたいけど、もう難しいのかもしれないな」

 話を1時間ほど聞いていると、

「おまえもやってみるか」

 と武田さんが一言。

 仕事を手伝わせてもらった。鍋に入っている合金を、ひしゃくのようなもので、すくおうとして驚いた。

「えっ」

 まったく腕が上がらないのだ。ただの銀色の液体なのに、想像以上に重い。

「簡単そうに見えて、実は大変なんだよ。型と合金が適温にならないと、奇麗に作れない。こうやって、一回一回、型を冷やすんだけど、何秒という感覚が職人の世界なんだよ」

 武田さんの顔にちょっと自信がにじんだ。

 苦しいのは、製造業だけではない。卸売や小売業も厳しい状況だ。

 日本最大級の問屋街、東京都中央区の日本橋馬喰町を歩いた。眼鏡や子供服、ネクタイ、和服などの問屋が所狭しと軒を連ねている。商品を並べたワゴンが道路までせりだしている。だが、店の多さにくらべると歩いている人は少ない。

「見てのとおりだよ。この問屋街には人が来なくなっちまった」と嘆くのは、古くからこの問屋街で寝具の小売り・卸業を営む三木清さん(仮名・73)だ。

 店には天井に届くほど布団や座布団カバーが窮屈に積まれている。

「うちはほとんどが日本製。でも高い布団はもう売れない。若い人は量販店で中国製の布団を買うからさ」

 30年前は寝具の7割が専門店で売れていたという。しかし、量販店で寝具を取り扱うようになって状況は一変した。

「いまや布団専門店が占める割合は約1割にすぎない。我々みたいなのは苦しいよ」

 そう言って三木さんはため息をついた。

 下町の現場の声はどこも厳しかった。銀行から借りた資金の返済が難しくなり、倒産寸前の企業も増えているという。

週刊朝日  2014年5月9・16日号より抜粋