東京都練馬区に、知る人ぞ知るレストランがある。一流ホテルで修業した店主(68)の個人経営で、ランチタイムは行列ができる。ただ、店主の気性が荒く、アルバイトはすぐ辞めてしまう。悩む店主に常連Aさんがアドバイスした。

「いっそ外国人を雇ってみたら。言葉が通じないほうが、うまくいくよ」

 さっそくAさんは、「外国人歓迎。元気よく笑顔で働ける方」というチラシを作ってあげた。翌週、タイ人の女子留学生が応募してきた。

 ニコニコと愛想がいい、ただし、問題が発生した。

「クルリンシチューダ」
「え、なんだって?」
「クルリンシチューダ!」

「クラムチャウダー」である。どうも、メニューがうまく伝えられない。

「コーリンマツミッツ」
「子牛のカツレツ」

 残念ながら、新しいチラシで再募集をかけた。

「外国人歓迎。日本語の上手な方は時給アップ」

 次にやってきたのは、29歳のスペイン人青年。

 内装のセンスをほめるほどに日本語が達者。しかし時給アップを狙い、厨房で勝手に鍋をかきまわして手伝おうとした。店主は、思わず怒鳴った。

「何してる。この、すっとこどっこい!」
「ス、スットコ、ドッコイってなんですか」

 青年はおびえている。さすがに気がとがめ、

「危ないから、気をつけなってことだよ」

 翌日に厨房で調理していると、フロアから青年の陽気な大声が響いてきた。

「スットコドッコイ!」

 見ると、熱いステーキの鉄板をテーブルに置くたびに、「スットコドッコイ!」を連発している。客が水をこぼしそうになっても、「スットコドッコイ!」。

 この大馬鹿野郎だという意味を伝えたところ、すぐ店を辞めてしまった。最近は、レジ横に、新しいチラシが貼られている。

「静かな人求ム」

週刊朝日  2014年5月9・16日号より抜粋