『裁判長!死刑に決めてもいいすか』など裁判傍聴をもとにした著作のあるライターの北尾トロ氏。人間の嫉妬心から罪を犯してしまう人たちの自分勝手な思考回路に、ある意味「メンタルが強い」と呆れ返る。

*  *  *

 ストーカー事件や恋愛がらみの脅迫事件を傍聴していると、こうした事件の根っこにある感情はジェラシーなのだと思わされる。

 これ、ごく普通じゃないですか。恋する男女が相手の反応を気にし、他の相手に関心を持っている様子を目にすると強烈な嫉妬心が芽生える。じつにありふれた感情であり、誰もが身に覚えのある気持ちだろう。

 そうなんだけど、ジェラシーを吐き出す場所とタイミングが、犯罪者はさすがなのである。いや、感心している場合じゃないが、たとえば以下の被告の罪状は何でしょう?

「知り合いの女性が男と歩いているのを見て、私は強い嫉妬を覚えました。好き? そうですね、好きだったと思います。頭にきましたから」

 連れの彼氏に殴りかかったならまだわかるが、被告の行動は意表を突いての盗撮なのだ。

 その瞬間の心の動きがダイナミックすぎて、ぼくはシビレた。

「撮ってやれ。なぜかそう思いました」

 ふたりは恋人。自分の出番は100%消えた。

 ならば……撮る。

 
 どうすればその答えにたどりつくのか、謎としか言えない。

「私はふたりの後からエスカレーターに乗り、下から右手を伸ばしてスカートの中を。言い訳に聞こえるでしょうが、どうしてそういうことをしたのか、自分でもよくわからないんです」

 被告は単に撮りたかったんじゃないのか。好きだったなんて後付けの理屈に思える。でもそれは本当か。被告に前科はなく盗撮をしたのはその日が初めてだ。かなり酒に酔っていた。そんな男が、駅で見かけるたび、密かに胸を熱くしていた女性と彼氏らしき男性が仲良く歩いているのを見かける。被告は相手に非がないことも、盗撮がいけない犯罪であることもわかっていた。でもジェラシーが理性に勝ってしまい、慣れない行為に突っ走るのだ。が、あえなくバレ、彼氏に捕まって人生台なしになってしまった。

 初心者丸出しのこの事件に、どす黒い欲望とか盗撮魔という表現は似合わない。とにかくうらやましかった。彼女の横にいるのが自分でないことが我慢できなかった。ぼくはこれ、素面(しらふ)ならば起きなかった哀しい事件だと思う。とはいえ同情はできない。実行に移すのと心で思うのとでは月とスッポンの差がある。この程度のジェラシーで盗撮。大きな飛躍を成し遂げるには、それなりの素質ってヤツが要ると思うからだ。

 
 DVで別れた妻に「必ず殺してやる」と手紙を書き、さらに電話で脅した男がいた。激怒の理由は、妻が不倫していると思い込んでいたことだ。結婚前から不倫相手がいて、それを隠していたというのである。

結婚していた当時、暴力を振るうつもりは、まあ勢いで少しはありましたが、そんなに強くは殴ってないです。悪いのは妻。しかも私と別れた後も不倫を続けていました。その男、カミオは家内を私の知らないところに隠し、私が近付かないようにしていました」

 離婚後の恋愛は不倫じゃないし、仮に不倫していたとしても暴力とは別の話だ。でもそんな理屈、被告には通用しないのである。自分を捨て、他の男とくっつく元妻はケシカラン。思い込んだら一直線、後先考えずに殺人予告めいた手紙を出して御用となった。

 未練と取ることもできるだろうが、ぼくが呆れたのは被告の持つ自信だ。酒乱気味、働かず家に金を入れない、そしてDV。三拍子揃ったダメ亭主なのに、その点について一切の反省がなく、悪いのは不倫した妻と、妻をたぶらかしたカミオだと断言するのである。

 もし不倫が事実だとしても、原因の一端が自分にあるとは考えようともしないタフな神経を、できることなら別の何かに生かしてほしかった。しかも、執行猶予中に起こした事件であるところに、ジェラシーが憎悪と直結する犯罪者としての素質の高さがにじみ出ている。手紙を書いた時点で捕まったら実刑確実だもの、できないよ普通は。

 
 33歳リサイクル業の覚せい剤中毒者。妻は夫の逮捕を機に離婚を決意し、生活保護を受けながら人生をやり直す気の毒な身の上だ。新しい恋人出現とか、フーゾク嬢になって見知らぬ男に抱かれる、などということでもない。しかし被告は真顔で言う。

「アヤをつける気はないですが、妻はまあ、私が言うのも変ですが魅力的なので、いずれ誰かと再婚できると思います。私は妻といると、どうしてこの女が自分と一緒にいるのかと思うようになり、それがきっかけというわけではないですが、気がつくとクスリに溺(おぼ)れ」

 妻の魅力と覚せい剤に接点はないかに思えるが、ダメな自分から妻が離れる不安をまぎらわせるにはクスリをやるしかなかったというストーリーにこだわりを持っている被告だった。

 さらに、どうやら被告は、元妻が行政からお金をもらって暮らせるというのがうらやましくて仕方がないみたいだった。刑務所に入る自分は不幸で、遊んで暮らせる(と思い込んでいる)元妻だけが恵まれているのは不公平だと言いたいのである。覚せい剤に溺れたのは自分だけということは、この際どうでもいいようだ。

 やはりメンタルが強い。スポーツ的な精神力の強さではなく、すべてをオノレに有利な方向で考えてみせるゆがんだ強さ。身勝手としか表現できない思考回路だったが、裁判長はさすがプロ。一言で片づけた。

「元奥さんが魅力的かどうかは事件と関係ありません。焼きもちを焼くのは自由ですが、ここでそれを述べても意味がないですよ」

 ぼくなりに翻訳すると意味はこうなる。

 反省ひとつ満足にできない被告のレベルは低く、よって情状酌量の余地なし!

週刊朝日  2014年4月25日号