手術が大がかりとなり、胃がんや大腸がんなどほかの消化器がんに比べて合併症率が高い食道がん。近年、からだへの負担をなるべく少なくする取り組みが進んでいる。

 神奈川県に住む田辺敏夫さん(仮名・62歳)は8年前に会社の健康診断で胃潰瘍(いかいよう)が見つかり、後日、近所の病院で内視鏡検査を受けた。食道も診てもらったところ、病期0期の早期食道がんと診断された。

 がんが食道の最も内側の層(粘膜層)にとどまる0期であれば、口から内視鏡を挿入し、先端についた器具でがんを切除する内視鏡治療で治癒が望める。食道を残せるので、治療後も元通りの生活を送れる。しかし、がんが粘膜下層まで深くなると、リンパ節に転移している可能性が40~50%あり、内視鏡治療はできない。この場合は手術か抗がん剤と放射線を組み合わせた治療が選択される。

 だが粘膜層にとどまるがんでも、食道の全周に対して4分の3以上広がっていると手術が推奨される。この手術は技術的に難しいほか、できたとしても治療した痕(あと)が引きつれたり食道が狭くなったり(狭窄)して食べ物が食道に引っかかる。

 田辺さんのがんはほぼ全周に及んでいたため、手術を勧められた。しかしできれば手術は受けたくない。インターネットで調べて、内視鏡治療を多く手がける昭和大学横浜市北部病院の消化器センターを受診した。田辺さんを診た消化器センター教授の井上晴洋医師(14年3月から昭和大学江東豊洲病院消化器センター主任教授)は、リンパ節への転移がないことを確認したうえで「内視鏡治療で治ります」と伝えた。

「現在はリンパ節転移の可能性がなければ、全周に及ぶようながんでも安全に実施できる技術や工夫が進んでいます」(井上医師)

 内視鏡治療は従来、EMR(内視鏡的粘膜切除術)という方法が主流だったが、一度に切除できるのは1センチ程度までのがんだった。しかし現在主流になっているESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)は、大きながんでも一度に切除できる。がんのある粘膜下層を電気メスではぎ取って治療する。

 田辺さんはESDで治療して、その直後から狭窄予防にステロイド剤を内服した。狭窄の原因になる細胞の増殖はステロイド剤で抑えられるという。ステロイド剤は減量しながら1カ月程度服用する。経過によっては予防的に食道をバルーン(風船)で広げる。

 田辺さんは治療後に切除した組織を調べてもリンパ節への転移がなかった。その後も1年に1回は内視鏡検査を受けているが、8年経った現在も再発はない。

 全周に及ぶがんをESDではぎ取るには技術を要する。井上医師はこう話す。

「食道がんの手術は大がかりなだけに、リンパ節転移の可能性が低ければ、まずは内視鏡治療を実施する可能性を探るべきです。ただし、ESDの経験が少ない施設が実施した場合、穴が開いたり(穿孔)、出血したりする危険性があるので、治療経験が豊富な専門施設を選びましょう」

週刊朝日  2014年3月28日号