大正末期から昭和40年代にかけ、大衆から熱狂的に支持された挿絵画家、伊藤彦造の作品が東京都文京区の弥生美術館で展示中だ。企画展の名は「降臨!神業絵師 伊藤彦造という男」。生誕110年、没後10年という節目にあって、人々を魅了する理由とは。

 伊藤の作品は、細密なペン画で、緊張感あふれる剣戟(けんげき)シーンが多く、少年誌を中心に掲載された。剣豪・伊藤一刀斎の末裔に生まれ、「心は画人ではなく武人」と語っていたなど、異色の経歴でも知られる。

 会場にはただならぬ“殺気”のようなものが、集められた絵から発せられ、真剣な表情で見入っている人も多い。60代の男性はこう語る。

「描かれている武士は時代考証に基づき、袴の着こなしや剣の持ち方など、本物に近い。日本の貴重な文化遺産だと思います」

 学芸員の松本品子さんは「これほど血の匂いのする作品を生み出した挿絵画家はいない」と言う。

「絵の主人公である美少年たちには、正義や忠義のために剣を取って命がけで戦う“滅びの美学”がある。そこに色気を感じる人が多いのではないでしょうか」

 今回の企画展は今年1月3日から始まった。例年にない大雪と厳しい寒さにもかかわらず、入館者はすでに2千人を突破。往年のファンだけでなく若い世代も注目しているのが特徴だ。

「斬られた人物がのけ反る様子など、動きがある描写にリアリティーを感じるようです。『動悸が上がった』とか『背中がつった』とツイッターに書き込んだ方もいました。真に迫る絵として、シリアスな捉え方をしてもらっていると感じます」(松本さん)

 伊藤はまた、ペン画でイラストを描いた先駆者として、現代に活躍する多くの漫画家たちにも影響を与えた。実体験に基づく傑作『刑務所の中』で知られる花輪和一さんは語る。

「原画を見るとよりわかりますが、産毛のように線が細いにもかかわらず、一本一本に無駄がない。その細い線の濃淡で絶妙なコントラストや質感を表現しています。絵にかけられた集中力から殺気を感じます」

 研ぎ澄まされた感性が生み出す作品から、さぞかし厳しい人物だったと想像されるが、実は良き家庭人で、妻との間に2人の娘をもうけた。日本舞踏家としても活躍する次女の布三子さんが振り返る。

「父は家族の団らんの中で描いていました。私が机を揺らすと困った顔をして優しく叱る。『剣の世界も小さいころから本物を見ることが大切。子ども相手の絵だからといって手を抜くわけにはいかない』と3日、4日の徹夜は当たり前でした」

週刊朝日  2014年3月7日号