早くも「ノーベル賞候補」の呼び声が高い小保方晴子さんの新型万能細胞「STAP細胞」。早稲田大学国際教養学部の池田清彦教授に、iPS細胞との違いをご指導いただいた。

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 理化学研究所の30歳の女性研究者がSTAP細胞を作成して大きな話題になっている。iPS細胞より有望な万能細胞になることが期待されているようだ。まずSTAP細胞が、なぜiPS細胞より有望かという原理的な話をしたい。

 iPS細胞は分化した細胞の中にES細胞(胚性幹細胞)で発現しているいくつかの遺伝子を導入して、細胞の初期化(分化した細胞を未分化な細胞に戻すこと)を図ったものだ。それに対しSTAP細胞は分化した細胞を外的な環境ストレスに曝し、初期化をもたらしたものだ。

 遺伝子導入という面倒な手続きを経ずに、ストレスに曝すだけで万能細胞を作れれば、コストの節約になる。これは実用化にとって大きな利点だ。iPS細胞は当初は成功確率0.1%程度で、がん化のリスクも高かったようだ。現在は成功確率も20%に上昇し、がん化のリスクも大幅に改良されていると聞くが、STAP細胞は作成当初から成功確率は7%、がん化のリスクも低い。

 iPS細胞は、正常細胞に遺伝子を導入しているので、遺伝子組成が微妙に変化している。これに対し、STAP細胞は正常細胞と遺伝子組成は変わらない。いわば、より自然に近い細胞なのだ。同一の個体であれば、個体を作るすべての細胞の遺伝子組成は同一である。同一の遺伝子組成をもつ細胞であるにもかかわらず、ある細胞は神経細胞になり、ある細胞は肝細胞になり、別のものは心筋細胞になる。何が違うのかと言えば、働いている遺伝子が違うのである。

 ヒトの遺伝子は2万2千個ほどあるが、これらの遺伝子が、どのような組み合わせで発現するかにより、出現する細胞の種類は異なる。分化した細胞は遺伝子の発現パターンが安定している。一方、未分化な細胞は発現パターンが不安定で、次々に別のパターンに移行できる。分化した細胞にストレスを与えて、安定的な発現パターンから不安定なパターンに変えたものがSTAP細胞だ。

 実は、細胞にストレスをかけると、遺伝子の発現パターンが変化することは昔から分かっていた。たとえば、ショウジョウバエの胚をエーテル蒸気に曝すと、翅が4枚のショウジョウバエが出てくる(通常は翅が2枚)。今回の発見のすごい所は、ストレスは安定的な別の発現パターンをもたらすばかりでなく、不安定な発現パターンに戻すことも可能なことを示した点だ。もちろん、遺伝子の発現パターンがどう変化したかは藪の中だ。更なる成果を期待したい。

週刊朝日 2014年2月28日号