松山英樹 優勝逃した米ツアーの内幕 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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松山英樹 優勝逃した米ツアーの内幕

連載「マルちゃんのぎりぎりフェアウエー」

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最終ラウンド、パットが決まらずパターを投げる松山(getty images)

最終ラウンド、パットが決まらずパターを投げる松山(getty images)

 松山英樹があと一歩のところで初優勝を逃してしまった、アメリカでのフェニックス・オープン。その内幕を、プロゴルファーの丸山茂樹氏は次のように明かす。

*  *  *
 いやー、惜しかった! 米PGAツアーのフェニックス・オープン(アリゾナ州スコッツデール、1月30日~2月2日)で、松山英樹がトップと2打差の4位。手が届きかけた米ツアー初優勝でしたが、またもスルリと逃げられてしまいました。

 英樹が無類の強さを誇る最終日、13番パー5のバーディーで首位に1打差としました。ここからがもったいなかった……。

 14番で4メートル、15番で5メートルのバーディーパットを決め切れなかったのは、まあ仕方ない。問題は16番パー3。周囲をぐるっとギャラリースタンドが取り囲む名物ホールです。あそこは絶対に奥に外しちゃいけないんですけど、やっちゃいました。

 162ヤードで、右からの風。英樹だったら、ちょっと強めに入れてけば、9番アイアンでも届く距離なんですね。そしたら8番を持ったから、「ヤバいなあ~」と。次の瞬間、ドーンとグリーンを突き抜けていった。

 キャディーの進藤大典と話しましたけど、あの場面は「風が急に変わった」と。たとえそうだとしても、あそこはじっくり時間をかけてもいいから、一瞬の風に迷うんじゃなくて、ベースの風を信じた方がいいんです。待てばよかった。

 ショット自体は素晴らしかったんですよ。だから余計に風の読み違えがねぇ……。結局ボギー。あの流れの中でのボギーは痛すぎました。

「勝てるチャンスは間違いなくあったけど、勝てなかった。悔しさの方が大きい」

 というコメントが、冷静な英樹らしかったですね。

 とはいうものの、左手親指のケガから復帰2戦目で優勝争いですから。アッパレですよ。とにかくすごいというしかない。米ツアーに本格参戦したばかりですから、経験を重ねていけばいいんです。

 まだ初めてのコースばかりだから、「どんなことがあっても、あそこには打っちゃいけない」なんてのも分からないし、「どんな展開で、どのぐらいのスコアで」という目標も立てにくいんだと思います。

 ここから経験を積んでいけば、土壇場に来たときに、自分のアイデアを何通りか出して、窮地を切り抜けられるようになります。プロゴルファーは、いままでの経験をすべてぶつけて、戦っていくんです。英樹の今回の失敗も、必ずどこかで成功につながります。彼なら、やってくれます。

 僕は参戦2年目の2001年に米ツアー初優勝をしました。日本選手では青木功さんに次ぐ史上2人目でした。目に見える形で歴史に刻まれていくから、見える景色も違ってきた感じがしましたよね。そこからは「偉大な青木さんを何とか上回りたい」という気持ちが、2勝目、3勝目につながっていきました。

 英樹と石川遼にとって、米ツアー初優勝は時間の問題だと思います。初優勝して、2勝目を挙げたら、一気に5、6勝いっちゃうと思いますよ。

 英樹と遼の二人が最終日最終組で、という可能性も十分にありますからね。ほんとに楽しみですよね。

週刊朝日  2014年2月21日号


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丸山茂樹

丸山茂樹(まるやま・しげき)/1969年9月12日、千葉県市川市生まれ。日本ツアー通算10賞。2000年から米ツアーに本格参戦し、3勝。02年に伊澤利光プロとのコンビでEMCゴルフワールドカップを制した。リオ五輪に続き東京五輪でもゴルフ日本代表ヘッドコーチを務める。19年9月、シニアデビューした。

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