政府は経済界に対して異例の賃上げを要求した。“伝説のディーラー”藤巻健史氏はこの要求は間違いだと持論を展開する。

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 昨年末、米国の某新聞社の記者が議員会館の私の部屋を訪ねてきた。「政府が経済界に賃上げを依頼していますが、どう思いますか?」との質問だった。

 記者には、労働力の需給によって決まるべき労賃に政府が介入してくるなど信じられなかったのだ。米国人には、そんな発想自体が浮かばないだろうし、要請を受け入れたら、会社が株主訴訟にさらされると思う。

 日本では今後、政府の要請に沿って多少の賃上げがあるだろう。社会主義国家・日本(と書くと読者のみなさんは驚くかもしれないが、在日の外国人、特に欧米人には常識的な感覚である)では、政府からの依頼は企業といえども無視できず、世論も味方するだろうからだ。しかし、お茶を濁す程度の賃上げが安倍晋三首相の言う「景気の好循環」を生むとも思えない。そうである以上、賃上げは少額の1回きりで終わってしまう可能性もある。

 もし大幅賃上げが続くとすれば、「賃上げによる景気の好循環」ではなく「大幅円安が来た」場合だろう。

 円安になれば、他国企業に比べてまったく儲かっていない日本企業の国際競争力が回復し、利益が出始める。純利益で比較すれば一目瞭然だが、現状、利益面で世界の劣等生である日本企業には、労賃に回す資金が十分にはない。企業業績が世界標準並みに回復すれば、その資金が増えて賃上げも当然あるだろう。

 現状では企業が儲かり始めても、その恩恵は外国人労働者に行く。強い円で安く雇える外国人労働者に資金が向くからだ。逆に円が弱くなれば外国人労働力が高価になり、日本人に振り向けられる利益というパイも大きくなる。

 労賃の上昇も円安にかかっているわけだ。円高を放置して何をやっても、賃上げなどたかが知れている。低迷経済のもとでは円安のメリットは大きいのである。

週刊朝日  2014年2月21日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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