病気は太古の昔から、人類にとって大きな脅威だ。その克服をめざし、地球上では、さまざまな医療が試みられてきた。中南米のキューバでは、サソリの“毒”を用いたがん患者向けの薬が開発されているという。ジャーナリストの工藤律子氏が、生物学者、ライネル・オチョアさん(28)に解説してもらった。

「毒を取り出すには、サソリの体に20ボルトくらいの弱い電流を流して刺激します」

 1匹を取り出し、電流が流れるピンセット2本で掴む。すると、尻尾の先からゴマ粒ほどの毒が数滴にじみ出た。1カ月間で約千ミリリットル。これをハバナの工場へ運び、成分検査を経て生まれるのが自然薬「ビダトックス30CH」だ。開発したのは現地の製薬会社ラビオファム。サソリの毒をアルコール水で希釈して製造している。

 サソリたちはもともと棲んでいたキューバ東部の森へ2年ほどで戻される。その際、ラビオファム社は新たなサソリを捕獲して連れてきて、半永続的に毒を集められるようにしている。毒性は弱く「刺されても、体質によって多少痛かったり腫れたりするだけだ」とオチョアさんは言う。

 この地域では昔から、人々が筋肉痛に襲われた時などにサソリを丸ごと漬け込んだアルコールを患部に塗って、痛みや腫れを癒やしてきた。その慣習にヒントを得た同社が約15年前から毒の成分の研究を始めた。その結果、タンパク質を構成する五つのペプチドに、痛みや炎症のほか、体の免疫機能を高めてがん細胞の増殖を抑える働きがあると判断し、薬の製造に踏み切った。キューバ政府が正式認可して販売されるようになったのは2011年だ。

 服用方法は患者の症状によって異なるが、基本的に食事をする数十分以上前に口の中を清潔にした後、1回5滴を舌の裏に落とし、6時間以上の間隔をあけて服用する。

 効果はどうなのか。同年3月から翌12年9月までに同社が運営するクリニックで診察を受けて服用した18歳以上のがん患者2261人の7割以上に体調の改善と痛みの軽減が認められたという。主任医師のマリエラ・ゲバラ博士(46)は言う。

「がんを完治させるものではありませんが、多くの患者の生活の質を向上させ、延命しています。しかも化学療法と違い、副作用が認められない。ほかの治療法と併用しても問題がなく、患者は安心して痛みの少ない心豊かな生活を送れるのが最大の魅力です」

週刊朝日 2014年1月17日号