体脂肪が蓄積した状態をいう「肥満」。そのなかで糖尿病や高血圧などの予防・改善が必要なものを「肥満症」と呼び、推定患者数は2300万人にのぼる。

 千葉県に住む団体職員の星野光男さん(仮名・46歳)が、地元の開業医の紹介で東邦大学医療センター佐倉病院の肥満外科を受診したのは2012年12月のことだ。当時の星野さんは、身長168センチで体重98キロ。身長と体重の割合から肥満度を示すBMI(体重〈kg〉÷[身長〈m〉×身長〈m〉]で算出)は34.7だった。

 BMIが25以上で肥満症、35以上になると高度肥満症と診断される。星野さんは高度肥満症に限りなく近い肥満症だった。

 独身の一人暮らしで、食生活は乱れていた。昼は外食、夜はコンビニ弁当。20代後半から右肩上がりで肥満に移行していったという。

「星野さんの場合、1日の摂取カロリーが2千キロカロリーで十分なのに、軽く3千を超えていました。デスクワークによる運動不足に加えて、仕事上のストレスも多く、肥満を助長する環境がそろいすぎていたようです」と、同院糖尿病・内分泌・代謝センター長の龍野一郎医師は語る。

 多くの肥満症患者と同様に、星野さんも肥満に対する危機感が乏しかった。治療は星野さんの意識変革を促すための“説明と説得”から始まった。

 

「太っているだけでは痛くもかゆくもありませんが、彼は父親を糖尿病の末に腎不全で亡くしています。このままでは同じ道をたどる危険性が高いことを話しました」(龍野医師)

 肥満症の恐ろしさは多岐にわたる。肥満は血圧を上昇させ、高い確率で睡眠時無呼吸症候群を引き起こす。それだけでも心臓にかかる負担は計り知れないが、加えて内臓脂肪の蓄積により、あらゆる臓器に影響を及ぼす。当人はつらくなくても、全身の臓器は耐え難い苦痛を負っているのだ。

 龍野医師の説明を聞いて肥満症の実態を理解した星野さんは、ようやく治療の重要性に気づいた。

 肥満症の治療は、生活習慣を見直し、経過を見たうえで投薬、あるいは手術に進むのが一般的な流れだ。星野さんも最初は生活習慣の改善から始めることになった。内容は次の3点だ。
(1)自宅と駅のあいだの約2キロの道のりを、バスを使わずに歩く
(2)外食やコンビニ弁当を食べるときは、必ずカロリー表示を確認する
(3)毎日起床時と就寝前に体重を量り、ノートに記録する

 これに加えて、昼食に「フォーミュラ食」とよばれるカロリー制限食を摂ることを勧められた。完全とはいかないまでも、7~8割は励行することができた。

 その結果、3カ月後には体重が90キロ台前半まで減少。その後も体重は緩やかに減少し、治療開始から約1年経った現在は82キロ、BMIも29まで改善した。

 

「星野さんは、食事の見直しと適度な運動を取り入れるだけで期待する効果が得られました。その意味で理想的なケースと言えます」と龍野医師。もちろん、すべてがこのようにスムーズに進むわけではない。

「肥満に至る背景を考えずに、ただ『痩せろ』『食べるな』と迫るのが最も危険。患者には、食べなければならない理由があり、その精神的抑圧は非常に大きい。医療者はそれを理解し、患者に寄り添う姿勢を堅持する必要があるのです」(同)

週刊朝日  2014年1月3・10日号