本誌にも送られていた脅迫文の一部 (撮影/写真部・山本正樹)
本誌にも送られていた脅迫文の一部 (撮影/写真部・山本正樹)

「ごめんなさい。負けました」。そう言って、威力業務妨害容疑で逮捕された渡辺博史容疑者(36)。人気漫画「黒子のバスケ」を巡る連続脅迫事件だが、逮捕まで430日間にも及ぶ、脅迫犯と警察との長い攻防が幕を閉じた。

 当初、警視庁捜査1課は、作者とのトラブルを視野に捜査を進めた。だが、作者の藤巻忠俊さんは「まったく心当たりがない」と否定。さらに捜査員を悩ませたのは、ポストに脅迫文を投函するアナログな手法だった。封筒には消印が残るものの、どのポストにいつ入れられたものかは記録されず、たどるのが難しかったのだ。

 消印は埼玉、静岡、神戸、福岡など全国16カ所に及んだ。ネットとアナログが混在する犯行に、「模倣犯がかなりいる」とみる捜査幹部もいた。

 また、渡辺容疑者が逮捕後、「指紋を付けないよう細心の注意を払った」と供述したように、脅迫文からは犯人が特定できる証拠が出てこなかった。脅迫文では共犯者の存在をちらつかせるなど、虚実混交の情報で捜査の的を絞らせなかった。

 局面が変わったのは上智大事件から1年後の13年10月中旬。「黒子のバスケ」のウエハースに毒を入れたという犯行声明がメディアに届いた。声明どおり、千葉県浦安市内のセブン‐イレブンで回収されたウエハースから有毒のニコチンが検出された。グリコ・森永事件を模倣した「毒入り危険食べたら死ぬで」と書かれたシールも粘ってあった。

 このころ捜査1課は、脅迫されたイベント会場や企業のウェブサイトを解析。43億件の接続記録から、脅迫文が届く直前の時期に複数のサイトを閲覧する、共通のアクセス接続を見つける。接続元は大阪市内のネットカフェ。店周辺の防犯カメラの映像から、2本の白い縦ラインが入った黒色のリュックサックを持つ男性客を特定した。

 だが男の名前や自宅はわからず、素性はつかめなかった。それでも、捜査1課には確信があった。「黒子男は師走に動く」。

 作品でも描かれる高校バスケットボールの全国大会「ウインターカップ」が12月23~29日に東京で開かれる。きっと、この大会をつぶすために動き出す――。男が、東京へ高速バスで行く方法をネットで検索していたこともつかんだ。

 12月15日朝。JR大阪駅周辺で警戒する捜査員の前に、あのリュック男が現れた。高速バスに乗るのを見て、捜査員も飛び乗った。

 男は新宿駅でバスを降り、電車で恵比寿へ。道端のポストに近づいた瞬間、捜査員が男を取り囲んだ。逮捕された渡辺容疑者の所持品には、予想どおりウインターカップの脅迫文があった。

週刊朝日  2014年1月3・10日号