作家・村山由佳「母娘だからわかり合えるというのは幻想」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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作家・村山由佳「母娘だからわかり合えるというのは幻想」

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 私自身を投影して書いた『ダブル・ファンタジー』について、ある人に「なぜ、主人公は同じ年の夫に嫌と言えないのか」と問われたとき、42歳にして初めて、当時の夫にも母にも支配されていたと自覚しました。元夫との関係を清算し、次は母と向き合って闘うつもりだったのに、彼女は認知症になってしまった。自分の子育てに一点の曇りなしと勝ち誇ったまま。だから私は一生、不戦敗です。

 誰だって何かしら親との確執はあるんだし、大人になったら年老いた母を許しなさい――。周囲の人によくそう言われます。息子が父を切り離すことは通過儀礼とされるのに、娘の場合は薄情だと批判される。

 でも、母娘だからわかり合えるというのは幻想です。むしろ母娘だからわかり合えず、他人以上に根が深くなる。どうしても母の支配に苦しんでしまうなら、私は母を切り離していいと思います。罪悪感はもう、しょうがない。

 母世代には、「愛することは支配すること」だと少しでもわかってもらえたらいいですね。望むと望まざるとにかかわらず、愛するほどに支配しているんです。

 支配される側は、ある意味、楽です。言うとおりにしていれば、それがよほど間違いでない限り、常にハードルをクリアできる。身近な人に肯定される安心感も生まれます。

 でも、その支配にしんどさを感じる娘たちは確実にいます。そのことを母親自身に気づいてほしい。理解できる人は少ないかもしれませんが。

 2年前、母との葛藤を書いた半自伝的小説『放蕩記』を出しました。母が死んでからしか書けないと思っていたんですが、そのおかげで母との関係が整理できました。「書いてごめんね」と心の中で謝りながら、「健康なままボケてくれてありがとう」と思ってしまう私は、やっぱりひどい娘かもしれません。

 母は文章を書くおもしろさを教えてくれたし、怖い母から逃れたくて空想の世界に逃避したのが、私の作家としての原点でもあります。ただ、母と私のこれからについては、いまだに光は見えていません。母を介護している父が心配ですが、「私が介護する」という覚悟は定まっていません。

週刊朝日  2013年12月13日号


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