これが「神の左」だ!(今年8月の対ニエベス戦) (c)朝日新聞社 @@写禁
これが「神の左」だ!(今年8月の対ニエベス戦) (c)朝日新聞社 @@写禁

 その左ストレートは、相手の頭の右側をかすっただけのように見えた。なのに相手はストンと腰を落としてダウン! いったい何が起こったのか――。

 11月10日、東京・両国国技館で、WBC世界バンタム級タイトルマッチがあった。チャンピオンは、ここ3戦連続KOで4度の防衛を果たしている山中慎介(31)。「神の左」と呼ばれるほど強烈な左ストレートが彼の代名詞だ。

 挑戦者はメキシコのアルベルト・ゲバラ(23)。フットワークのいいアウトボクサーで、これまでの19試合でダウンは一度だけ。KO負けはゼロだった。

 試合は足を使って動き回るゲバラを山中が追う展開。序盤はてこずった山中だが、中盤からは右ジャブが当たりだし、ゲバラの足が鈍ってくる。そして、第8ラウンドに冒頭のダウンシーンとなった。

「ボクシング・ビート」前編集長の前田衷(まこと)氏が解説する。

「足が命のゲバラですが、実は新しいリングシューズが合わず、靴ズレしてました。試合後に見せてもらいましたが、両足裏の皮がベロリとむけていました。相当動きづらかったでしょう」

 これは戦えない、と感じたときに、あまり効いていなくても倒れることを“嫌倒(いやだお)れ”と言う。足が使えなくなった上に、ケタはずれの強打がかすったゲバラは、嫌倒れしたのだろうか。

 元WBA、WBC世界ミニマム級チャンピオンで、現日本プロボクシング協会会長の大橋秀行氏も山中のパンチ力には舌を巻く。大橋氏は一瞬、スリップダウンだと思ったが、すぐにとんでもないことが起きていることに気付いたという。

「リングサイドで見てたんですが、ダウンの後、ゲバラは目の焦点がしばらく合っていませんでした。相当パンチが効いていたということです。頭をかすっただけで、こんな状態になるとは思いませんでした」

 軽量級では、ストンと腰を落とすようなダウンの場合は、一瞬だけ意識を失う“フラッシュダウン”であることが多い。ダウン後もしばらく意識がもうろうとするようなシーンはあまり見られないという。

「頭をかすっただけで相手を倒すには、パンチに重さがないとできない。あんなふうに倒したのは、僕の記憶では、全盛期のマイク・タイソン以来ですよ。歴史的なダウンシーンと言えます」(大橋氏)

 山中は第9ラウンドに左ストレートをクリーンヒットさせ、4連続KO勝ち。次戦は来年3月ごろになりそうだ。またも「神の左」が炸裂(さくれつ)するのか。

週刊朝日 2013年11月29日号