全国に462万人はいるとされる認知症患者。高齢化に伴い、ますます増えていくことが予想される。根本的な治療がないのが現状だが、適切なケアで病状が改善していくことも多い。そのためにも、正しい「診断」がカギとなる。

 東京都在住の自営業、荒木寛さん(仮名・58歳)は、取引先との約束を忘れてすっぽかしてしまうなど、仕事でミスが続いていた。「認知症ではないか」と心配した妻の勧めで、荒木さんは脳神経外科を受診。頭部MRI(磁気共鳴断層撮影)を受けたが、脳の萎縮は確認されず、医師からは「過労や精神的な問題ではないか」という説明を受けた。

 しかし、その後も、直前に話していた内容を覚えていないことが繰り返しあったため、荒木さんは妻とともに、日本医科大学病院のもの忘れ外来を受診した。

 担当した山崎峰雄医師が、問診と10分程度の簡単なテストをしたところ、直前の記憶が維持できなくなっていることが判明した。山崎医師は、アルツハイマー型認知症を疑い、脳の血流の状況を詳しく調べる検査(SPECT)を実施することにした。

 認知症は、脳の異常などにより記憶力や判断力が低下し、日常生活を送れなくなる病気だ。日本人にもっとも多いのがアルツハイマー型認知症で、もの忘れの症状から始まることが多い。認知症のほかに、レビー小体型認知症や、血管性認知症などがある。

 診断の基本は問診だ。問診により認知症の疑いがある場合、より正確な診断をするため、記憶力や知能のレベルを点数化するテストを実施するほか、頭部のMRI検査で、脳の萎縮を確認する。さらに詳しく調べるために、SPECTやPET(陽電子放射断層撮影)などの専門的な検査がおこなわれることもあるが、できる病院は限られている。

 SPECTでは、脳のどの部分の血流が低下しているかをみる。荒木さんの脳は、アルツハイマー型の特徴である、脳の頭頂葉(とうちょうよう)や後部帯状回の血流が低下していることが確認された。

 山崎医師は、問診とSPECTの結果を統合し、アルツハイマー型認知症と診断。荒木さんは、病気の進行を遅らせる薬の内服を開始することになった。

 なぜ荒木さんはMRI検査で「脳の萎縮がない」と診断されたのか。山崎医師はこう解説する。

「アルツハイマーかどうかを診断するのによく用いられるMRI検査は、脳のなかで記憶を司る『海馬』などの部位の萎縮を確認します。しかし、荒木さんのような若年性アルツハイマーでは、海馬よりも頭頂葉の萎縮が先に出てくることがあるため、通常のMRI検査では『異常なし』と診断されてしまうことがあるのです」

 

 アルツハイマー型認知症はおもに70代、80代になってから発症するが、まれに65歳未満で発症する場合があり、それらは「若年性アルツハイマー」と呼ばれる。山崎医師によると、とくに若年性の場合はMRI検査で異常が出ないケースも多く、明らかな異常があるのに検査で正しく診断されず患者や家族が悩んでしまうケースも多いという。

「高齢発症のアルツハイマーは記憶障害から始まることが多いですが、若年性の場合、約3分の1は記憶障害がないという報告もあります。通常の認知症は問診やMRIで診断がつくことが多いですが、若年性は注意が必要です」(山崎医師)

 荒木さんは58歳という若さもあり、自分が認知症だとは疑わず、かかりつけ医からの「過労や精神的な問題」との診断に納得してしまったという。だが、若年性のアルツハイマー型認知症は、高齢発症の場合よりも進行が早く、初期症状が現れてから重病化するまでの期間も短い傾向にある。

「早期に認知症を発症する人は、遺伝的な要因が関わっていることもあります。アルツハイマー型認知症は薬によって進行を緩やかにできることもあるので、親族にアルツハイマーの人がいる場合は、専門医を早めに受診し、治療を開始することが大切です」(同)

週刊朝日  2013年10月18日号