669人もの死傷者を出したJR福知山線脱線事故で、業務上過失致死傷の罪に問われていたJR西日本歴代3社長に無罪が言い渡された。組織の責任を問えない現在の法律に、作家の室井佑月氏は怒りをあらわにする。

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 JR福知山線事故は平成17年の4月に起こった。電車が脱線し、107人もの方がお亡くなりになり、562人もの方が怪我をした、大変痛ましい事故だった。

 そのことに対し、安全対策を怠ったとして、JR西日本の歴代の社長3人が強制起訴されていた。その判決が9月27日に下された。神戸地方裁判所は、「事故を具体的に予測することはできなかった」と、いずれも無罪判決を言い渡した。

 事故が起こるまで自動列車停止装置(ATS)を整備することは法律で義務づけられていなかった、電車が脱線する危険性があるカーブを個別に判断してATSを整備していた鉄道事業者はいなかった、なので歴代社長3人は脱線事故が起きることを具体的に予測できた可能性は認められない、ということみたいだ。

 あたしはこの判決に納得がいかない。事故が起こるまでATSの設置が法律で義務づけられていなかったといっても、歴代社長たちには乗客を安全に目的地に運ぶということについて責任があったはずだ。そういう立場から、それが専門であるはずの、ATSを整備する、ATSの専門家を雇う、という考えになぜ及ばなかったのか。

 責任者として、ATSを知っていて設置しなかったとしても、勉強不足でそれをまったく知らなかったとしても、どちらも問題なのじゃないか。そりゃあ、ATSを取り付けるのも、ATSを整備する人を雇うのにも、お金がかかる。歴代社長3人が考えたのはそこだよな。

 この国では企業が犯罪を犯しても、企業の責任者はほとんど罪に問われない。原発事故、イタイイタイ病、みんなそうだった。

 だからだろう。責任者はいちばん大切なことを置き去りにし、会社の儲けばかり考える。

 法律を変えないといけないんじゃないか。このままでいたら、これから先も儲け優先の企業が多くの犠牲を出すことになるだろう。

 個人が手にかけるのはせいぜい2、3人だ。そして2、3人、殺せば死刑になる。企業による犠牲者はもっと多くだ。JR福知山線事故では107人もの方がお亡くなりになった。犠牲者の数と法律の重さが合っていない。

 裁判長は最後に、「誰一人として刑事責任を問われないことをおかしいと思うのはもっともなことだ。しかし、企業の責任ではなく、個人の責任を追及する場合は厳格に考えなければならない」と述べたようだ。

 ならば、企業の中には、役員も社長もいらないってことになる。全員、責任を取らなくて良いヒラ社員でいい。

 高給取りの役員や社長がいなければ、利益も上がるはずだ。そしたら、法人税をやたらと下げることもないんじゃね。

 多くの国民を犠牲にしても企業が勝てばそれで良いという考え方は、最悪な戦争と似ている。

週刊朝日 2013年10月18日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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