安倍政権が後手に回っていた福島第一原発(フクイチ)の汚染水対策にようやく本腰を入れはじめた。安倍晋三首相は9月19日、フクイチを視察。停止中の5、6号機について、東京電力に「事故対処に集中するため、廃炉を決定してもらいたい」と要求した。安倍首相が珍しく“前のめり”なのには理由がある。

 13日、東電技術顧問の山下和彦氏が「今の状態はコントロールできていない」と発言。IOC総会で「状況はコントロールされている」と言い切った首相の“国際公約”が、いきなり否定され、窮地に追い込まれているのだ。こうなると、汚染水の影響が「港湾内で完全にブロックされている」とした首相のスピーチも怪しくなってくる。東京海洋大の神田穣太教授がこう語る。

「今も一定量の放射性物質が外海に流出し続けていることは科学的に疑いがない事実で、研究者の間でも認識は一致しています」

 何より気になるのは、今も漏れ続ける汚染水が、どれくらいの健康被害をもたらすかである。神田教授に尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「事故直後の2011年3~4月に海へ放出された放射性物質は3500兆~5千兆ベクレルと、ケタ違いに多いんです。その後、現在まで毎日漏れている量を全部足しても、最初に出た量の1%にも及びませんよ」

 確かに東電の試算でも、11年5月以降に漏れ出した汚染水の放射性物質の総放出量は、セシウム137で20兆ベクレルとされている。これもとんでもない数字だが、事故直後、放出した量はそれをはるかに上回る尋常ではない数値だったのだ。これまでの海洋汚染で太平洋の魚には、どんな影響が出ているのか。

「海水1リットルあたり1ベクレルを超えると、基準値の100ベクレルを超える魚が出やすくなる。今、1ベクレルを超えているのは福島第一原発のごく近海だけで、魚から検出される数値は下がり続けています。太平洋は非常に広いので放射性物質は薄まっていくし、海魚は塩と一緒に放射性物質をどんどん体外へ排出する。汚染が同じ場所にとどまる陸上のほうが、被害は深刻です」(神田教授)

 ちなみに海魚と違い、希少な塩分を体にため込む性質のある川魚のほうが、放射性物質も取り込みやすいという。原発事故後、福島県や北開東のヤマメやイワナなどから高い放射線量が検出されたのには、こんな理由があったのだ。

 顕著な海洋汚染はまだ現れていないが、汚染が現在も進行しているという事実に変わりはない。海洋研究開発機構の市川洋上席研究員が警鐘を鳴らす。

「海中に放出された放射性物質は海底に沈みますが、海底での堆積や生物への蓄積のメカニズムはまだよくわかっていません。『安全』という判断は慎重に行う必要があります」

 18日に発表された水産庁の調査結果を見ても、福島県沖のババガレイから170ベクレル、エゾイソアイナメから370ベクレルなどと、海底近くに生息する魚から特に高い放射線量が検出される傾向がある。

 そして、今後さらなる危機が、太平洋を襲う可能性がある。前出の神田教授は、こう指摘する。

「もっとも警戒しなければいけないのは、高濃度の汚染水をため込んだタンクです。地下水が漏れ出すことによる汚染は一日数十億ベクレルですが、タンク一つ分の汚染水が漏れれば、一気に数十兆ベクレルが放出される。近海の魚からも、再び高い数値が検出される事態になりかねないのです」

週刊朝日  2013年10月4日号