静寂の中、僧侶たちが祈るように極彩色の砂を落とす。チベット仏教の究極の芸術ともいえる砂曼荼羅(すなまんだら)。仏が宿る小宇宙は、やがて自然に還っていく――。

 仏教というアジアの大宗教を柱として、独自の文化を築き上げてきたチベット。チベット美術の多くは僧院の中で発達してきた。なかでも砂曼荼羅は宗教儀礼が芸術へ昇華した典型と言えるだろう。

 写真の砂曼荼羅は、チベット人僧侶たちによって東京都文京区の護国寺で制作されたものだ。制作期間はおよそ1週間。腰を深く折り曲げ、一心不乱に砂を落とすその姿は、まさに修行と呼ぶにふさわしい真摯なものだった。極彩色の砂曼荼羅は、仏が住む宇宙を表すという。その繊細な美しさは、ひと目見るだけで悪行を清め、世界の浄化を促すといわれるほどだ。

 もっとも、そうして精魂込めて作られた砂曼荼羅も、完成後はすぐに壊されてしまう。自分の肉体もいつかは滅びる、という諸行無常の教えがそこにはあるのだという。声明(しょうみょう)が唱えられたのち、高僧の手によって砂曼荼羅は一気に壊されてゆく。その毅然とした立ち振る舞いを目にしていると、物質的な繁栄を求めるだけではない、チベット文化の深い見識がそこに秘められているのを感じた。

週刊朝日  2013年8月30日号