加齢などにより心臓の大動脈弁の開きが悪くなり、胸痛や突然死を引き起こす「大動脈弁狭窄症(だいどうみゃくべんきょうさくしょう)」。高齢化が進み患者数は増加している。治療の第一選択は開胸による「大動脈弁置換術(AVR)」だが、高齢でAVRがむずかしい患者に対しても、新たな治療の選択肢が出てきた。それが「経カテーテル大動脈弁植え込み術」(transcatheter aortic valve implantation:TAVI、TAVAとも)と呼ばれるものだ。

 倉敷中央病院心臓病センター心臓血管外科主任部長の小宮達彦医師は、TAVIの登場により、今後さらに生体弁(ウシやブタの組織でできた人工弁)の使用が増えてくると考えている。

「患者さんが長生きして弁の寿命が先に来た場合、これまでは可能であればまた開胸して再置換術をするしかありませんでした。しかしTAVIによって、からだへの少ない負担で再治療ができるようになることでしょう」

 次に、TAVIで治療した具体的なケースを紹介したい。

 神奈川県在住の遠藤明子さん(仮名・86歳)は、70歳代のときに、狭心症の治療のために冠動脈バイパス手術を受けた。その後回復し元気に過ごしていたが、かかりつけの病院での定期検査で、大動脈弁が徐々に石灰化し弁口が狭窄しつつあることがわかっていた。かかりつけの病院の医師は、一度心臓の手術をしていることと高齢であることから、降圧剤などの薬物療法を行いつつ経過観察をしていたが、呼吸困難などの症状が現れはじめたため、遠藤さんを、TAVIの治験をしている榊原記念病院に紹介した。

 弁の石灰化が原因の大動脈弁狭窄症にはAVRが第一選択だが、欧米では高リスクで開胸手術ができない人を対象に、約10年前からTAVIが実施されている。遠藤さんを担当した、循環器内科部長の桃原哲也医師はこう説明する。

「現在は、日本でも治験が終了し、保険承認を待つ状態です」

 TAVIは、足の付け根などからバルーンカテーテル(折り畳んだ風船と人工弁入りの管)を挿入し、大動脈弁の内側で広げて壁に石灰化した弁を押し付け、人工弁(生体弁)を広げて留置する。

 カテーテルを挿入する位置(アプローチ法)は、足の付け根の大腿動脈がもっとも多い。動脈が細かったり血管がもろかったりする場合は、胸を少し切開し、心尖部(左心室の底)から挿入する。患者の状態によっては、その他の部位から挿入する場合もある。

「遠藤さんは以前心臓の手術をしていることと、検査の結果、下肢動脈に問題がなかったため、大腿動脈からのアプローチでTAVIを実施することになりました」(桃原医師)

 遠藤さんは呼吸困難などの重篤な症状があったため、手術前からリハビリを行い、治療後も引き続き慎重にリハビリを続けた。現在は合併症もなく元気に過ごしている。

週刊朝日 2013年8月16・23日号