国内の産業界にも影響を与えているシェールガス革命。しかし生物学者で早稲田大学国際教養学部教授の池田清彦氏は、この新たなるエネルギーが未来の豊かな生活を担保するものではないという。

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 一昔前までピークオイル論が流行していた。しばらくすると石油は枯渇して、世界はエネルギー不足に直面して大変なことになるという筋書きだ。しかし、21世紀に入ってアメリカでシェールガス革命が起こり情況は一変した。シェールというのは頁岩のことで、生物が好きな人ならバージェス・シェールの中から発見されたカンブリア時代の奇妙奇天烈な動物化石のことを想い浮かべるだろう。

 頁岩の中にガスやオイルが閉じ込められていることは以前から判っていたが、採掘は不可能だと思われていたのだ。21世紀に入って技術革新が起こり、まずシェールガスが、次いでシェールオイルが採掘可能になり、埋蔵量も半端じゃないことが判明した。ガス・オイル合わせて、人類が使用可能な化石燃料が数百年分増えたと目されている。

 燃料が不足して貧乏人が冬に凍え死にするという未来図はとりあえず回避されそうだが、必ずしもバラ色の未来になるとは限らないかもしれない。シェールガス・オイルがアメリカで量産されれば、中東やロシアといった現在のエネルギー大国の地位は相対的に低下すると同時に、エネルギー価格も安くなるに違いない。エネルギーの供給量が増えれば、食料の生産量も増える。現代農業や漁業の生産性はエネルギーの投入量とパラレルなのだ。

 エネルギーと食料が増えて人口が増えなければ、世界の人々は総体として裕福になるはずだ。一人当たりの資源量が増えるからだ。しかし、残念ながら二つの理由でそうはならないだろう。一つは、途上国では食料が増えると、子どもの数も増えてしまう。福祉が充実していない国では、子どもは老後のセキュリティ装置なのだ。身寄りもなく老いてしまう恐怖を思うと、余裕があれば一人でも多く子どもを産んでおいた方が安全ということになる。

 もう一つの理由は多国籍企業が世界の経済システムを牛耳っている現行のシステム下では、エネルギーの廉価安定供給はデフレには結びついても、労働者の貸金上昇には結びつきそうにないからだ。アメリカの多国籍企業たとえばゼネラル・モーターズ(GM)やゼネラル・エレクトリック(GE)はすでに新規採用労働者の時給を大幅に引き下げており、この傾向は止まりそうもない。生産コストが下がりデフレになるから、労働者は安い貸金でも暮らせるという理屈なのかしら。かくして富は、労働者の貸金上昇に帰結せず、経営陣や株主といった一部の人々に集中する。そうならないことを祈っているが、そうなるだろうね。

週刊朝日 2013年8月9日号