週刊少年ジャンプで連載が始まって今年で40年。作者の中沢啓治さんは昨年12月に亡くなってしまったが、「ライムスター」のラッパー・宇多丸さんは『はだしのゲン』は日本の財産だという。

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 ぼくらは子どものころに『はだしのゲン』を読んでいるから、原爆が使われたらどんな惨状になるのかを体感的に知っています。もちろん、原爆を投下された唯一の国だからということもあるけど、「ゲン」があるかないかの違いは大きい。

 ハリウッド映画に核爆弾が出てくるたびに、世界の人はなぜこの程度の認識しかないのかと思うんですよ。ちょっとでかい爆発ぐらいの描写だったり、人間が急に骨になったり。そんなキレイなものじゃないと、ぼくらは「ゲン」があるから知っている。これは大きな財産だと思います。

 小学2、3年生のころ、場面を覚えるほどくり返し読みました。ライムスターの曲の歌詞にも何回かゲンが出てきます。

 その一つは、ヤクザに使われている弟分の隆太のことも、戦争のことも「仕方ない」で片付けようとする兄に、ゲンが泣きながら、「しょうがないといわないでくれー」と訴える場面です。ここはすばらしい。ゲンのやさしさも感じます。作中でいちばん大事なところだと思います。

 仕方ないと言って事を丸く収めるのは日本人の性質であり、一つの知恵かもしれない。でも、本当にそれでいいのか。日本人に対する中沢さんからのメッセージになっています。ゲンは原爆という強烈な経験をして、なあなあで許してなるか、という強い意思を持つようになった。仕方ないと言わないのがゲンの行動原理です。日本人離れした感覚かもしれません。

 戦争責任をどう考えるかはいろいろだと思うけど、当時はマンガでそういうことを描くことができた。怖いのは、ほんの数年前はどういう雰囲気だったかを、みんなが忘れてしまうことです。言論の自由があるのに、「こんなこと言ったらヤバイんじゃないの」と勝手に規制してしまう。ゲンが見たら憤死しますよ。

 ぼくの両親も戦争を経験しているので、国なんて明日なくなるかもしれないし、言うことが百八十度変わることだってあると知っている。何かを盤石だと思って頼る弱さはなく、自分で何とかするしかないという、ゲンのようなたくましさがあります。景気が悪いと世間が騒いでいても、へでもない。つえーなと思いますね。

 スタイリッシュな作品ではないけど、マンガとしておもしろいし、学校の先生が「戦争はいけません」と言う、教条主義的なものを超えたショックがありました。これは効きますよね。

 だから今の子どもも、少なくとも原爆が投下される前後の部分には触れてほしい。でも先生が読ませるんじゃなくて、小学校3、4年になったとき、うっかり手に取っちゃうところに置いておくのがいいんじゃないかな。

週刊朝日 2013年8月9日号