奈良橋陽子(ならはし・ようこ)千葉県生まれ。外交官の父のもと、カナダで育つ。舞台演出家、映画監督、キャスティングディレクター、英作詞家などの顔を持つ。キャスティングディレクターとして参加した作品に「ラスト サムライ」「SAYURI」「バベル」など。渡辺謙、真田広之、菊地凛子らをハリウッドに進出させた (撮影/関口達朗)
奈良橋陽子(ならはし・ようこ)
千葉県生まれ。外交官の父のもと、カナダで育つ。舞台演出家、映画監督、キャスティングディレクター、英作詞家などの顔を持つ。キャスティングディレクターとして参加した作品に「ラスト サムライ」「SAYURI」「バベル」など。渡辺謙、真田広之、菊地凛子らをハリウッドに進出させた (撮影/関口達朗)
田原総一朗氏(撮影/関口達朗)
田原総一朗氏(撮影/関口達朗)

 1945年、アメリカ占領下の日本で行われた、天皇の戦争責任をめぐる攻防を描いた映画「終戦のエンペラー」が、7月27日に公開された。“仕掛け人”の奈良橋陽子プロデューサーは、昭和天皇側近の孫でもある。田原総一朗氏が、奈良橋氏だからこそ知る歴史の“秘話”に迫った。

*  *  *

田原:昭和天皇を演じた歌舞伎役者の片岡孝太郎さんは、奈良檎さんがご自身で選ばれたんですか?

奈良橋:そうです。片岡さんが持っている威厳が素晴らしくて、彼以外には考えられなかった。お父さんの仁左衛門さんにも化粧部屋でお会いして、説得しようとしました。すぐ隣に、昨年亡くなった中村勘三郎さんがいらっしゃったのでごあいさつに行ったら、「(孝
太郎さんは)出たほうがいいよ」と言ってくださった。そんなこともあって、OKをいただくことができました。心から感謝しています。

田原:映画の終盤、昭和天皇とマッカーサーが直接、会見する場面があります。1945年9月27日に実際に行われた会見を基にしていて、作品の中でも非常に印象的なシーンですが、奈良橋さんから何か注文はつけたんですか。

奈良橋:撮影の数日前、片岡さんがマッカーサー役のトミー・リー=ジョーンズに、ごあいさつをしたいとおっしゃっていた。普通ならそうするんですが、「ちょっと待てよ」と思って。やっぱり2人は撮影の当日、昭和天皇とマッカーサーとして初めて対面したはうが
いいと思ったんです。片岡さんも同意してくだきって、それで、あの緊張感のあるシーンが生まれました。

田原:1945年に撮られた本物の2人の写真を見ると、マッカーサーはリラックスして見えます。実際はどうだったんでしょうか。

奈良橋:2人とも緊張していたと思いますよ。マッカーサーが皇居には出向かず、アメリカ大使館に昭和天皇を呼びつけたのも、警戒感からでしょう。当時、アメリカ人から見た昭和天皇は、ヒトラーやムソリーニのようなとんでもない人物と思われていたと思います。

週刊朝日  2013年8月9日号