いま話題の「高齢者の性」は、老後を意欲的に生きる秘訣かもしれない。ある女性の恋愛事情を取材した。

 病院へ定期的にボランティアに通う裕子さん(61歳、仮名)が、見知らぬ初老の男性に呼び止められたのは5年前のことだった。

「ぜひ一緒にお茶を飲んでいただけませんか。少しで結構です。時間を作っていただけませんか」

 その人は足がやや不自由で、言葉もスムーズに出なかった。なのに必死で後を追ってきた様子を察し、日を改めて会う約束をした。しばらくして再会した冒頭の男性Aさんは、その1年前に脳梗塞を患い、後遺症に苦しんでいた。そして懸命に語りかけてきた。

「あなたのようなお若い方に声をかけるのは、非常に勇気が必要でした。でも、あのとき行かないとだめだと思って……」

 親族を見舞おうと訪れた病院のロビーで、裕子さんを見初めたのだという。「あなたに会うのが生きがい」と明かされ、裕子さんも自分が役に立てればと思った。今も2カ月に1度はお茶を飲み、食事する。

 裕子さんは、小柄な体にショートヘアがよく似合う、笑顔の素敵な女性だ。東京近郊で夫(70)と暮らし、2人の子どもは独立して海外にいる。一方、Aさんは71歳の元中央官庁職員で、独身のようだ。会う機会が増えるうちに、裕子さんは自分の心に微妙な変化を感じ取るようになった。Aさんから外国へ巣立ったわが子への教育を褒められ、仕事の愚痴も真摯に受け止めてくれる。

「私のことを常に考えてくれるのが心地よくなってきて、会えることが喜びに変わっていった。今は独特で不思議な感情があります」

 Aさんはマンションの管理人をしている。経済的に困っているとは思えないが、「責任をいただきたくて働いている」という動機が、裕子さんの琴線に触れる。あるとき、こんな会話を交わした。

「ご主人に一度もお会いしていないのは申し訳ない」。裕子さんは言った。「そんなことは気になさらないで。主人も、私がこんなふうにしていただき、ありがたいと思っています」。

 事実、Aさんと会うときはすべて、事前に夫の了解を得ている。一度、夫に3人で会おうと誘ったが、間髪入れず「お前と会いたいんだと思う。2人で行けばいい」と返された。夫婦の深い信頼関係の上に成り立つ交際だと、裕子さんは考える。

「主人にすべてを話し、認めてもらう。隠し事はしない。それが私の中の、譲れない決め事なんです」

 実はもう一人、裕子さんを心の拠り所にしている男性がいる。宮城県で被災し、仮設住宅に入るまでの数カ月間、関東近郊に避難していたBさんだ。ずっと一緒に暮らしてきた母の手を握って逃げたが振り切られ、いまだ行方不明という。出会ったのは震災直後で、当時は週に数回、携帯メールを交わしていた。

《裕子さんの言葉に、生きる勇気をもらいました》
《この年まで独身できましたから、綺麗な女性を見て一目惚れしてしまいました》

 Bさんの裕子さんへの恋愛感情は明らかだ。しかしAさんも含め、裕子さんにそれ以上は求めない。

「私はセックスが目的のような関係は苦手。ただ会って惹かれ合い、お互いが磨かれていく。特別な存在のAさんにもBさんにも、そういった幸せを噛み締めています。次はいつ会えるかな、と毎日楽しみです」

 夫以外の男性たちに芽生えた淡い感情を、体の関係に結びつけない。裕子さんは相手を慈しむことで“恋上手”を実践している。

週刊朝日  2013年7月26日号