ピロリ菌除去薬 (c)朝日新聞社 @@写禁
ピロリ菌除去薬 (c)朝日新聞社 @@写禁

 日本では毎年5万人が胃がんで亡くなっている。その最大の原因が、日本人の3500万人が罹患しているといわれる「ピロリ菌」だ。今年2月に、このピロリ菌に感染して起こった胃炎の除菌治療に健康保険が適用された。「胃がんがなくなる日」がくる、ということなのか――。

 ピロリ菌は、胃がんの重要な原因となることが医学的に証明されている。ピロリ菌以外の原因による胃がんは「ピロリ菌陰性胃がん」といい、日本では数%しかなく、むしろ見つけるほうが難しいといわれるくらいだ。

 ピロリ菌は、かつて、まだ日本の衛生環境が悪い時代に、便などで排出されたピロリ菌が井戸水などに混ざることで、感染者を増やしてきた。そのため50代以上に感染者が多く、上下水道などが改善された環境で育った40代以下の世代では比較的少ない。ただ現在でも、まだ免疫機能が発達していない5歳くらいまでに母親などから経口感染することは、十分考えられるという。

 今回の保険適用の拡大でなにが変わったのだろう。これまで、ピロリ菌の除菌治療で健康保険が適用される場合は、胃潰瘍・十二指腸潰瘍などの病名診断がついた場合に限られていた。それが今回、ピロリ菌が原因である「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」(以下、ピロリ感染胃炎)にも、健康保険での除菌治療ができるようになった。

 日本でピロリ菌に感染している人は、現在3500万人に及ぶといわれている。そのほとんどは胃痛や不快感など胃潰瘍のような症状はなく、自覚症状がほとんどないことが多い。しかし実際に症状がなくてもピロリ感染胃炎の状態になっていることが多く、そういった人たちに対して、除菌治療が保険を使ってできるようになったのだ。慶応大学病院消化器内科准教授・ピロリ菌外来担当の鈴木秀和医師が言う。

「これは、胃がんのリスクを減らす非常に大きな一歩です。少数のグループでなく、ほぼすべての人を除菌しましょうという方向に転換されたといえます。以前は、ピロリ感染胃炎の除菌は健康保険が利かなかったため、医療現場では、患者さんからの要望がないとおすすめしないことが多かったはずです」

 除菌治療に健康保険が適用される条件は、まずピロリ菌に感染していること。さらに胃の粘膜に慢性の胃炎があり、ピロリ感染胃炎と診断されること。この二つである。つまり、血液検査や呼気試験など6種類の感染診断のどれかでピロリ菌が見つかり、かつ胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)で慢性胃炎が確認される、ということだ。

 除菌(1次除菌)治療の内容は、胃酸を抑える薬と、2種類の抗生物質を7日間、朝晩服用し、2~3カ月後に除菌効果を判定するというもの。除菌できていなければ2次除菌として抗生物質1剤をほかのものに変更し、同じサイクルをもう一度行う。

 除菌の成功率は、1次除菌で75%ほど。2次除菌で残りの80%強なので、ここまでで約95%が除菌に成功する。ちなみに3次除菌からは保険が利かず、研究的治療になる。これまでの自費診療だと、検査などは施設により費用にばらつきがあり、薬代は1週間分で1万2千円から1万5千円ほどしていた。

 では、除菌治療によって本当に胃がんにならずにすむのだろうか。

「すでに現在、日本人の胃がん発症率は減ってきており、今後40代以下ではかなり少なくなると思っています。胃がんはいま日本人の死因の2番目ですが、除菌治療が進めば、2050年あたりにはランクからはずれて、めずらしいがんになると予想します」(鈴木医師)

 本当に胃がんを劇的に減らすことができるのならば、非常に画期的といえる今回の保険適用だが、それを牽制(けんせい)する動きもある。日本消化器がん検診学会が4月、学会ホームページで、「ヘリコバクター・ピロリ除菌療法に関する理事会声明」を発表した。消化器がん検診とは、バリウムを使った胃X線検査 (胃がん検診)などのことである。同学会理事長の深尾彰医師が、その趣旨を説明する。

「ピロリ感染胃炎で、症状が進み胃の萎縮の度合いが高いと、除菌しても一定割合でがんは出ます。どの段階で除菌すれば元に戻るかは、はっきりしていません。それがわかっていれば除菌は非常に有効ですが、わからないなら除菌後も胃の状態を内視鏡でフォローするなどの必要がある。そうしないと、除菌に成功しても、その後の胃がんのリスクを負ったままの『除菌難民』が数多く出る恐れがあるのです」

週刊朝日  2013年7月5日号