歓喜の決定から一夜明けた5月30日午前。暗闘の地、ロシアのサンクトペテルブルクで、五輪3連覇の吉田沙保里(ALSOK)は深いため息をついた。30歳。顔に疲労がにじむ。

「正直、ホッとしています。でも、9月(8日)の決勝戦に向けて、もっと頑張らないといけない」

 確かに、レスリング界は執念で第一関門をくぐり抜けた。「五輪コア競技除外」という衝撃のニュースから3カ月。国際オリンピック委員会(IOC)理事会で、野球・ソフトボール、スカッシュとともに、2020年夏季五輪の追加競技の最終候補に残った。

 真っ先に「レスリング!」と呼ばれた瞬間、発表会場の後方に座っていた吉田は立ち上がって、ガッツポーズをつくった。すぐに携帯で栄和人監督に国際電話をかけ、「レスリングが残りました」と報告した。

 直後の会見では、ひとまず仕事をやり遂げた安堵(あんど)感が漂っていた。

「メダルを見せることで、ロビー活動をやってきました。ロシアに来てよかった。少しは力になれたのかな、と思います」

 吉田はサンクトペテルブルク入りした27日夜以降、ホテルでも、国際会議「スポーツアコード」の会場でも、この人はという人に会えば3個の金メダルを見せながら、レスリング支援を訴えた。夜、中華料理店で呉経国IOC理事(台湾)に会えば、すかさずタックルのノリで「接近」した。

 タッグを組むはずだった「霊長類最強」のカレリン氏(ロシア)が負傷入院で欠場となったため、吉田がロビー「外交」の切り札となった。不得手な英語も気力とジェスチャーで補った。その姿は、マット際の「執念の象徴」に見えた。

 レスリング界は必死だった。「五輪コア競技除外」発表の直後、IOCに不人気だった国際レスリング連盟会長のくびを切った。観客にわかりやすいようにルールも変更した。女性委員会も立ち上げ、五輪の審判員の数を半分にすることにした。選手の男女比是正のため、階級数変更の検討にも入っている。

 ただ、まだ不十分。男女比是正のための階級数変更では各国の利害がぶつかり、調整が難航している。国際レスリング連盟副会長も務める福田富昭・日本レスリング協会会長は説明する。

「IOCのお陰でレスリングは変わることができた。でも宿題は多い。決めたことはすぐ実行し、さらに説得活動を強化していく。2競技とも強敵。五輪への道は平坦じゃないよ」

 とくに、新規五輪参入を目指すスカッシュの評判が高い。英国発祥の競技で欧州を中心に根強い人気がある。動きが激しく、勝敗がわかりやすく、とくに若者の人気度が高い。スカッシュのウエアとアパレル業界の「親和性」も高い。いわば「テレビ向き」の競技で、いろいろな面で「マネー」に結びつきやすい。

「我々も歴史、伝統にあぐらをかかないで、時代に合わせて変化していかないといけない」(福田会長)

 9月の「本番」では15人のIOC理事会ではなく、100人余のIOC総会に諮られることになる。

 20年夏季五輪で実施される追加競技の枠は一つ。銀メダルでも、銅メダルでも意味がない。目指すは“金メダル”だけである。

週刊朝日 2013年6月14日号