俳優の古田新太氏は、ついついためてしまう「あれ」について指摘する。

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 その日は舞台の初日だった。昼にゲネプロと呼ばれる最後の通し稽古があり、直前は、思い思いストレッチをしたり、舞台上で気になる自分の動きをチェックしたりしていた。

 その公演のセットは、2階建ての2階部分がスライドして、階段が上れたり塞がったりする造りになっている。主演女優が、台本片手に階段を上っていく。「あ、今塞がってますよ」と声をかけたその時だ。ゴンツという音と共に「痛ぁい!」という声がした。やっちまった。女優さんは、額を押さえて伏せってしまった。「大丈夫ですか!」。スタッフ・キャストが、わらわらと集まってくる。女優さんの額は、赤く血が滲み、今にもたんこぶになりそうな感じだ。ゲネプロを飛ばして病院に行った方がいいのか、初日の幕は開けられるのか。「とりあえず冷やすものー」。誰かが叫ぶ。スタッフの一人が、急いで何かを持ってきて女優さんの額に当てた。「痛ぁい!」。女優さんがまた叫ぶ。

 スタッフの持ってきたものは、カッチカチに凍った保冷剤だった。何かで包めよ、タオルとかガーゼとかあるだろ。直に当てるなよ。しかも、今ぶつけ気味だったろ、カチンッて音しそうだったろ。不謹慎ながら、おいらはちょっと笑ってしまった。

 保冷剤ってば、あれ何? 本当にイメージだけなんだけど、柔らかいイメージあるよね、溶けてる時なんだけど。でも当たり前ながら、凍ると硬くなるよね。しかも想像より硬い。あれって冷凍庫に一杯ない? そんなに頻繁に使いますかってくらいない? おいらん家だけ? 確かに、怪我したり火傷したり熱出したり、冷やす時便利だ。

 暑い日、お弁当に乗っけたりしても使うけど、そんなにってくらいない? いろいろ買ったり、貰ったりした時に入ってて、ついつい勿体ないオバケが出てきて、冷凍庫に入れちゃって、どんどん増殖していくんだよね。多分、家の冷凍庫には20個くらいあるよ。

 舞台の本番期間中は、よく差し入れでケーキだのゼリーだのを頂く。その時も保冷剤が2、3個入っていて、ケータリング係の人が、なぜか冷凍庫に溜めてしまう。結果、白だの青だのの保冷剤が、50個くらい入っている冷凍庫になってしまう。そうなると、肝心のアイスクリームだのシャーベットだのが入らなくなったりする。食べきれなかった肉まんや余って平たくラッピングしたご飯の入る余地がなくなる。

 どうすればいいのか。捨てるのだ、どんどん捨てればいいのだ。いざという時にないと困る? いざという時はほとんどない! あって4、5個でよくないか? 20個も30個もいらない。邪魔。そりゃ、趣味が釣りの人とかは、いくらあっても困らないだろうが、普通の家庭、ましてや職場の冷凍庫には少なくともいらない。捨ててくれ! もう貧乏じゃないんだから、その都度買おうよ。

 包装紙も紐も、ヨックモックのカンカンも、その都度かわいいのを買おうよ。取っとくなよ。水道の蛇口に輪ゴムも止(や)めようよ。あ、この間、水道に輪ゴムを止めたら、見当たらなくて必死で探した。

 初めに書いた女優さん、大した事なくて、舞台元気に立ってたけどね。

週刊朝日 2013年6月7日号