孤独な主人公「うつ男」。映画「千と千尋の神隠し」のカオナシを思わせる面は、演者の飯田美千香さんの師匠だった故・岡本芳一さんが、別の舞台のために制作したものを使用している(撮影/写真部・馬場岳人)
孤独な主人公「うつ男」。映画「千と千尋の神隠し」のカオナシを思わせる面は、演者の飯田美千香さんの師匠だった故・岡本芳一さんが、別の舞台のために制作したものを使用している(撮影/写真部・馬場岳人)

「うつの森」の住人「うつ男」は森の中に散らばる黒色の「うつの玉」を食べながら暮らしている。ある日うつ男は、森の中で純粋無垢な少女と出会う。そしてうつ男は、朱(あか)い衣の女神に生まれ変わる――。

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 巨匠・宮崎駿の原案をもとに制作された「障遣願舞(さやりがんまい)うつ神楽」は、長野県の南信州を舞台にした、「うつ病」がテーマの人形芝居だ。上演時間は約30分でシンプルな構成だが、鑑賞後には神話の世界に迷い込んだような余韻を残す。

 原案は、作品の脚本と監修を担当した逸見尚希さん(44)が、2007年に宮崎監督と会話するなかで生まれた。逸見さんは、そのときに宮崎監督からこう提案されたという。「南信州は神様が集まる谷。そんな場所だから、現代社会の厄除けができるのではないでしょうか」。「うつ」という「厄」を祓う。逸見さんはこの重いテーマの作品を、6年の歳月をかけて完成させた。

 舞台の演者と人形制作は、南信州の人形師・飯田美千香さん(41)が担当した。飯田さんは言う。「逸見さんから受け取った原案のイメージを大切に人形を作りました。なので、原案が誰かを知らずに見た人からも『宮崎監督の世界観を感じた』と言われ、とてもうれしかったです」。

 現在、「うつ神楽」は同県阿智村だけで上演している。今後は発表の場を南信州以外にも広げるつもりだ。飯田さんは語る。「人の心に寄り添うような舞台にしたいので、たった一人でも、この作品を必要とする人のために演じていきたい」

週刊朝日 2013年5月31日号