妊娠した女性は安静にしているべきだというのは、遠いむかしの話。歩くなど軽い運動しかできなかったのも、むかしの話。いまは、ベリーダンスやフラダンスで積極的に腰を動かし、汗を流し、ストレスを発散させる時代なのだ。しかし、男性を誘惑するアラブの踊りというイメージのベリーダンスが、どうして妊婦スポーツに最適なのだろうか。

 助産師を対象にマタニティベリーダンスの指導を行っている日本マタニティ・ヨーガ協会(東京都板橋区)代表の森田俊一医師(産婦人科)は、アラブの伝統的な出産と深くかかわっていたと話す。

「アラブ人の民俗学者でベリーダンサーのアリは、陣痛で背骨を支える仙骨に生じる痛みが、お尻を左右に振り骨盤を回転させる踊りの動作によって和らぐと説明しています」

 日本マタニティフィットネス協会(東京都世田谷区)に所属し、マタニティベリーダンスの指導を行うビズリーさんも、ベリーダンスは、古くから安産ダンスとして踊られてきた、と話す。

「妊娠すると腰の反りが強くなるため、腰背痛や肩こりに悩まされます。しかし、踊りながら、骨盤の角度を動かし回旋させることで、背骨や上半身がリラックスし、痛みが和らぎます。背骨と骨盤のしなやかな動きも内臓機能を活発にし、妊婦さん特有のむくみや便秘の改善にもつながります」

 聖路加国際病院の兵藤博信医師(産婦人科)は、運動の大切さについて、「たいていの人は、安静にすることで体調が悪くなるはずがない、と考えるのでしょう。でも、そこが違うんです」と話す。

 妊婦は、生身の人間だ。「安静」で筋力が低下すれば、出産、育児という体力勝負の闘いに立ち向かえない。体力が落ちて外出できずに閉じこもりがちになれば、産後うつにもつながる。兵藤医師は、〈自転車に乗ると流産する〉〈体を回転させるとへソの緒が巻き付く〉という風評も、「都市伝説だ」と一蹴(いっしゅう)する。

「そもそもね、赤ちゃんは、母親のおなかの筋肉と厚みのある子宮、卵膜と羊水で守られています。自転車に乗る程度では、赤ちゃんはビクともしません。バランスや反射神経に注意していれば大丈夫ですよ。へソの緒のうわさも、生卵を回しても中の白身と黄身は回らないことを考えれば、おのずと答えは出ます」

 すると妊婦はどのような運動をしてよいのか。日本臨床スポーツ医学会学術委員会が出した『妊婦スポーツの安全管理』は、「妊娠前から続けているスポーツは適度ならば問題はない」と書く。上手な妊婦ならば、転倒に注意すればスケートやスキーもありだという。ただし、バレーボールなどの球技や競技性のあるものは避けたほうがよいらしい。

 兵藤医師は驚くようなエピソードを話す。彼の患者は3年前、妊娠7カ月で東京マラソンに出場し、4時間台の好記録でフルマラソンを走りきったという。

「ジョギングは本人にスキルがあれば、自分のペースでできるよい有酸素運動なのです。ゴールで東京マラソンを見ていると、毎年1、2人は妊婦ランナーが出場していますね。そんなびっくりしないでくださいね」

週刊朝日 2013年5月31日号