映画「白昼の死角」などで知られる俳優の夏八木勲さんが5月11日、73歳で息を引き取った。昨年11月に膵臓(すいぞう)がんが見つかったが、手術を受けず、最後まで仕事をまっとうした。そんな彼を支え続けたのが、まり子夫人だった。だが、これまで、夏八木さんがまり子夫人について語ったことは、ほとんどない。

 本誌は、そんな2人の出会い秘話をキャッチした。まり子夫人のかつての職場の元同僚男性が語る。

「まり子さんは若いころ、京都のマネキン人形製造会社に勤め、夜は四条河原町の辺りにあった『サントリーバー』で働いていたんです。1967年ごろ、バーに夏八木さんがふらりと現れた。まり子さんは日英のハーフですから、目立って奇麗で、男性客に人気があったんです。まり子さん目当てで、お店に毎日通う客もいました。夏八木さんも、そんなお客さんの一人でした」

 すぐ週3回くらい通うようになったという。「まだ無名だったので、誰も役者さんとは知らなかった。サントリー角瓶のボトルを入れて、カウンター越しに、まり子さんを口説いてましたね。まり子さんは当時やっていた人形劇のキャラクター、トッポ・ジージョが好きで、私にはよく、『物まねやって』と言ってきました。お酒は強くないので、ビールではなくフィズを飲んでました」。

 2人が仲良く話していたので、まり子さんに熱を上げていた学生が悔しがって、素手でグラスを割ってしまったこともあったとか。ともあれ2人の交際はあっという間に進展したようだ。

「2、3カ月後には、まり子さんから、『今度、夏八木さんと食事デートするの。お母さんを紹介することになっているのよ』と打ち明けられました」

 数カ月後、夏八木さんが「今度、東京へ行くことになった」と言い残してお店に来なくなり、同じ時期にまり子さんも店を辞めたという。

 その後、結婚して2人の娘をもうけた。夏八木さんは300本以上の作品に出演し、名脇役と言われるまでになったが、仕事に没頭できたのも、まり子夫人の存在があったからだろう。

 夏八木さんの事務所に問い合わせると、「夏八木は一切、家庭のことは言わなかったので、まったく存じ上げていない」とのこと。2人の心の中だけに秘めていたのだろう。仕事も夫婦愛も最後まで貫き通した人生だった。

週刊朝日 2013年5月31日号