安倍晋三首相がぶちあげた「アベノミクス戦略特区」。海外からのビジネスや観光需要を高めるきっかけとなりそうだが、作家の室井佑月氏はこう語る。

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 政府は東京・大阪・名古屋の3大都市圏を中心に、規制緩和を実施する「アベノミクス戦略特区」(高度規制改革・税制改革特区)をやるつもりらしい。

 東京は、地下鉄やバスの24時間運行を考えているのだとか。そのほかにも、医療の国際化や、法人税の引き下げ、簡単に会社を作りやすくするために制度を変えるなんていってたな。外国からのビジネスや観光需要を押し上げるのが目的らしい。

 じつは、自分が出演したテレビに自民党の議員が出て、「アベノミクス戦略特区」のすばらしさを語ってくれた。法人税を引き下げれば一時的に税収は減るけれど、それは一時的にであって、長い目で見れば外国企業を呼び込むことになって税収は上がるのだ、と豪語していた。

 たしかに、起業のしやすさという点で、日本は世界の先進国の中ではおどろくくらいランクが低かった。「アベノミクス戦略特区」が実現すれば、外国企業がビジネスの場として日本を選んで、お金をばんばん運んで来てくれるのだろうか。

 ところで、あたしはこの番組中に疑問に思ったことがあった。「外国企業がたくさん日本に会社を作りにきたとして、我々は賃金を日本基準でもらえるのか」ということだ。せっかく議員の先生が来ているんだから、手を挙げて質問してみた。が、具体的な答えはいただけなかった。

(最低賃金は法律によって約束されているから、大丈夫ってことだよな)あたしはそう好意的に解釈しようとしたが、心のもやもやは晴れなかった。

 そして、そのことがあって1週間後くらいの出来事であった。ユニクロの柳井正会長兼社長が朝日新聞で、「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく」と不吉な予言をした。なんでも、新興国から優秀な人材を確保しようとすると、そういうことになるらしい。マジかよ。

 新興国の優秀な人材を、日本の給料基準に合わせるつもりはないんかい? じゃ、日本の、とりわけ優秀ってほどでもない多くの普通の社員はどうなる?

 結局、会社の儲けを考えれば、1億円越えの年収は会社の一部役員たちだけにして、そのほかの年収を100万円に抑えたいってことじゃないか。

 大手企業の役員や政治家が好んで使う「グローバル化」とは、そういう意味も含まれるんじゃね?

 そりゃあ、自分の勤める会社が世界の競争に負けて、無くなってしまったら元も子もない。けど、勤める会社が世界の競争に勝ったとしても、自分の年収が100万になってしまったら……。

 だったら、グローバル化なんてせずみんなでちょっとずつ貧乏になる、それもいいかも、そんなふうに少し思った。

週刊朝日 2013年5月31日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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