『週末アジアでちょっと幸せ』などの著書がある旅行作家、下川裕治氏は今回、週末にバンコクへ。この地の魅力のひとつである屋台をめぐりなら、気づいたこととは?

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 バンコクの下町に泊まると、コーヒーで苦労する。昔ながらの甘いコーヒーを出す屋台はある。できれば、豆を挽いた本格的なコーヒーが飲みたい。朝の散歩を兼ねて、ソイと呼ばれる路地を渡り歩くと……。あった。高架電車の駅近くに、ひとりのおばさんが新式の本格コーヒー屋台を出していた。

 モカを頼んでみた。おばさんは挽いたコーヒー豆をドリッパーにセットする。器に溜まったコーヒーに、茶色の粉末を振りかけた。

「その粉は?」
「ココアですよ。研修でモカはこうするって習いましたから。はい」

 これがモカ……。後でわかったことだが、それはスターバックスなどのアメリカ系チェーンにあるカフェモカのタイバージョンだった。バンコクの人々が、本格的なコーヒーを飲むようになったのは、ここ数年のことだ。その火付け役はスターバックスなどのチェーン店だった。だからカフェモカがモカになってしまったらしい。

 おばさんが口にした「研修」という言葉が気になった。ということは、この屋台はチェーン店ということになる。ドリッパーをはじめ、屋台一式がレンタルなのだろう。最近のバンコクは、ぼやぼやしていると、三食がチェーン店になってしまう。タイ料理はもちろん、屋台まで……。

週刊朝日 2013年1月25日号